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コーラ

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はああ・・・だだっ広いお屋敷ですわね。このくらい大きなお屋敷だと、あと10人くらいは召使がいてもおかしくないと思うけど私一人しかいないんだな。

とある公爵家のお屋敷。そのお屋敷の数多ある部屋の一つである、ゲストルームの掃除を初めて一時間が経過している。ゲストルームは畳10畳ほどの広さで、ベッドとテレビが置いてあり、もちろんバストイレ付きだ。当家をご訪問のお客様に気持ちよく過ごしていただくためにも定期的な掃除は欠かせない。
まあ、本音を言うと、お友達のいないこの家の主にはあまり入り用な部屋とは思えない。事実、私がここに勤めてからどの部屋も利用されていない。とはいえ、ずっと締め切ったままだと、部屋の空気が澱んでしまうので定期的な掃除は必須だ。実際、入ったらちょっと嫌な臭いがしたので、窓を全開にして掃除をしている。

だいぶ臭いがなくなってきたなと思ったら、突然携帯がなった。この家の主からだ。彼女は短気なので、急いで出ないと。

「憂!? 今日緊急でVIPがいらっしゃるから、談話室の掃除となにか・・・なにかあるでしょう!?なにか飲めるものとか用意しておいて!」
pi! 私が何か話す間もなく切られてしまった。相変わらず性急なお嬢様だ。学校でもこのような調子かと思うと心配になってくる。まあ、私の出身成分は一番低いC。それに対してお嬢様は貴族を意味するAの最高位=公爵なのでこの扱いは仕方のないことかもしれない。
 実際、お嬢様の家系は選帝侯という皇帝選出権を持つ地位にある。つまり、理論上は皇帝にだってなれるのだ。

まあそんな話はいい。早急に談話室の掃除とおもてなしの用意をしなければ。こちとら一応高貴な家だから、おざなりなもてなしは姫宮家のプライドに関わる。

今日のお客様は40歳くらいの紳士と従者の方一名。紳士の方は身分のある大金持らしい。いわゆる商業系貴族だ。身なりこざっぱりしていて清潔感がある。アグレッシブに自分は金持ちだぞ!っとアピールする気はさらさらないようだ。細身の体だが目に力があるのが印象的だ。一方の従者の方は大きなダンボールを重そうに抱えている。

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私はお荷物をお持ちしましょうと申し上げたが大事なものなので、と丁重に断られてしまった。しかたなく、挨拶もそこそこにお嬢様のいらっしゃる第3談話室にご案内する。


お部屋に入った瞬間、いちごの匂いふわった出迎える。お嬢様の好きな匂いだ。しかし、お客の方は二人共一瞬まゆをしかめる。どうやらお気に召さないようだ。

そしてソファの前でちょこんとたってペコっとお辞儀をする少女がいた。彼女こそ、私の主であるきゃさりんお嬢様である。

正式な名は、姫宮キャサリン。

金髪碧眼のまだあどけなさの残る中学一年生。桜色のほっぺたは柔らかく豊かな表情を形成することを可能にしている。指でほっぺをぷにぷにしたらお餅のようにびよーんと伸びそう。胸の大きさは控えめで今後の成長に乞うご期待、といったところか。

ちなみに純日本人なのに金髪碧眼であるのは、魔法の産物である。貴族ともなれば、自分好みに皮膚の色や髪の色をカスタマイズすることができるのだ。お客人もそのことは十分にわきまえていたのであろう、またまゆをしかめてしまった。紳士は少しだけ目を細め、「なんなんですか、その髪の色は。それが一流貴族の趣味ですか」といいたげな冷たい視線を投げかけたが、一瞬で柔和な表情を取り戻した。


などと人間観察に興じているうちに、お嬢様と紳士の間のテーブルに、12本の黒い液体の入ったプラスチックのボトルが置かれた。黄ばんだラベルが年代の重みを彷彿とさせる。中に入っている液体はお醤油みたいにどす黒い。飲めるのかしら?これ。お客様のおっしゃる話によると2013年度物のコーラという商品らしい。500年以上前のものだ。紳士は訥々と語り始めた。

「いきなり押しかけて申し訳ない。実は、近々、娘の誕生会がある。だから、娘に何かサプライズを用意してやりたいと思ってな。私の古代物品コレクションを放出してやろうと考えたのだよ。だが、このままではもちろん飲めない。そこで、時間系の転移魔法で飲料に耐えられる状態に戻して欲しいのだ。」

なるほど、娘の誕生会でいいところを見せいたい父親の気持ちは理解できる。しかも、「転移系魔術」は姫宮家のいわばお家芸の一つ。この場合は空間ではなく時間の転移になるので、時間戻しの魔法になる。だが、お嬢様の体調を第一に考える私にはどうしても看過できないことがある。

「お話は分かりました。ですがご存知かとは思いますが、転移系の魔法は重労働です。12本では、お嬢様の心身に負担がかかりすぎます。」
「心得ている。だから、できるだけ多くというわけにはいかないかな? ぶちまけて言うと最低6本はパーティーで出してやりたい。娘の友人もたくさん祝いに来るだろうからな。」
「6本でも多いですよ? 4・・・いや3本くらいでどうでしょう?」
無理をさせすぎて卒倒する、なんていうのも決して珍しい話ではない。魔法はとても危険な労働なのだ。できればこの程度の依頼は遠慮して欲しい。

どれだけこの依頼が危険なものなのかを失礼にならないようはっきり伝えようと考えてきた矢先、いままで黙っていたお嬢様が突然口を開いた。

「年に一度の娘のお誕生日を盛大に祝ってあげたい親の気持ち、とっても素敵だと思います。」
眩しいものを見るかのように、紳士の顔を見ながらお嬢様は言った。そういえば、去年のお嬢様のお誕生日は寂しいものだった。友人はいないし、お嬢様の母親さえも駆けつけてくれなかった。、少しでも誕生日らしいスペシャル感を演出するためにせめてご馳走を用意しましょうと進言したが、いつもどおりの質素な料理で良いと言われたっけ。あれは切なかったな。お嬢様も誰かに祝って欲しかったのではないだろうか。

「わたしやります! 6本くらいならギリギリ大丈夫です」
力強く訴える童女。わかる。わかりますよ。親の愛に飢えたお嬢様にとって今の紳士は聖人のようにその眼には映るのでしょう。でも、やめてほしいむりしないでしんじゃうよ。ぎりぎりだいじょうぶってことはからだをさいだいげんにむりさせるってことじゃない。

「だめです、お嬢様。お体に障ります!」
「大丈夫だよ。年に一度のお誕生日だもの。私、協力したい。それに、魔法で多くの人を助けるのが、貴族の存在意義だとお母様も常日頃からおっしゃっていたもの。」

”持てるものには義務がある”
貴族は魔法が使えるので、その能力を世のため人のために出し惜しみしてはならない。
とても大事な教えである。

でも、体を壊しては元も子もない。
「ですが、負担が大きすぎます。せめて本数を少なく、せめて4本くらいで」

やめさせようとさらに説得する間もなく彼女は瞳を閉じ集中力を高め始める。そしてボトルの前で膝立ちをしてお祈り捧げる。その刹那、不思議な幾何学模様がコーラが置かれている机の上に浮かび上がび、青白い光がボトルを包む。

魔法を詠唱する過程に入ってしまった以上、周囲の雑音はかえって余計な負担になってお嬢様の心身を蝕む。黙っているしかない。

ボトルの中の時間が巻き戻る。黄ばんだラベルにも生気が宿る。黒い液体が次第に泡立ちを強めジュワジュワ気泡を放つようになった。

「はあああ・・・」
深い息を長く吐き吐き出すお嬢様。

「おおっ、素晴らしい! これだけ手際よく転移軽魔法を制御できる子はそうはいない。ありがとう娘も喜ぶよ。」
感謝感激する紳士。丁重なお礼を述べたあと、従者に新品になったコーラを運ばせ帰ってしまった。指定された金額の二倍のお金を渡そうとしたので、指定以上のお金は受け取れない、いや受け取って欲しいの押し問答でちょっと時間がかかってしまった。

結局、指定金額よりも少し色の付いた金額を受け取り、お客様二人お見送りをした。その後、お嬢様のお部屋に戻ると大変なことになっていた。さきほどまで笑顔でいたお嬢様がソファのにもたれ、両腕をだらりと下に落している。だらだらと大粒の汗をかいている。顔が紙よりも白い。

まずい!、低血糖症だ!

間髪いれずに、懐に隠してあったお砂糖の瓶を取り出す。
「お嬢様、お砂糖をお持ちしました。早く! 早く飲み込んでください」

・・・
夜の十時。
キャサリンお嬢様の容態が気になる。
今日十回目となる容態の確認に向かう私。


「お嬢様? 入りますよ?」 トントンとノックをして入室する。うん完璧だ。
この前、ノックしないで入室したら、すごく怒られたもの。


「きゃさりんお嬢様・・・そろそろご就寝なさいませぬと、本当に倒れてしまいますよ?」

入室すると、お嬢様のお好きないちごの匂いが出迎えてくれる。
いちごの匂いでいっぱいのお部屋とは対照的に意気消沈した姿でデスクに座っているお嬢様がいた。まるで人形が座っているようだ。

「ふうぅ」 大きくため息を吐くお嬢様。
やや、不安そうな面持ちだ。

「お嬢様!? ベットでお休みになられないとダメですよ!」
心配になってお側に駆け寄る私。

「憂か、宿題をやらなきゃいけないから」
「そうですか」では私がお助けいたしましょう
と言えない。それは当人のためにならないから、という理由ではなく単純に私自身に能力がないからだ。ホームレス生活が長くて学校の勉強は全然してない。

それが逆に勉強への憧れを喚起させ、路上生活をしているときは図書館に頻繁に通い、またこのお屋敷に入ってからも蔵書やネットを駆使して自分なりの勉強を積んではいるが、自分の好みを優先させたため知識の偏りが激しい。歴史や宗教学や心理学や語学の知識は豊富だが、例えば今お嬢様が取り組んでいる中学一年生レベルの数学はお手上げなのだ。

そもそも、お嬢様は宿題どころではないはずだ。明日学校へ通うなど論外である。
絶対に倒れてしまう。

そのことを申し上げると、
「だいじょうーぶ。私、自分の体はよくわかっているつもり。」

「ですが、一日はお休みにならないと。倒れてしまいますよ?」
必死に懇願する私。

「ダメだよ。第一、憂は私の日々の様子を全て首都にいるお母様に報告する義務があるのでしょう?私が休むと心配させちゃう。それに」
「それに?」
「お母様、絶対怒るよ。このくらいのことで休むとは何事ですかって。だから、休むとむしろ怖くて辛いんだ。」

「そのことでしたら、ご心配には及びません。奥様にはきちんと学校に通ったと報告しておきますから。」
「ええっ!バレたらすごく怒られるよ!?」
「バレなければ良いのです。第一、私はあくまでもお嬢様にお仕えしているのであって奥様にお仕えしているわけではありません。」
公然と、奥様への反逆を宣言する私に少し驚いている様子のお嬢様。
「ふん。貴族院議員の議長まで務める母様に逆らう出身成分Cの召使かあ。いや愉快愉快。」
コロコロと、笑い出すお嬢様。けっして嫌味な口調ではない。
「ああ、でもごめんね憂。明日は休むにしても、この宿題はさっさと片付けちゃいたい」

まあ、明日休みにするなら多少の無理は大丈夫だろう。
「お嬢様、お夜食にホットミルクなどはいかがでしょう?」
「うん、いいかも。持ってきてくれる?」

「すぐにお持ちしますね。」

本当は勉強の手助けができればベストだ。しかし無い袖は振れない。少しでもお嬢様のお役にたてることをよしとしよう。 

さっと部屋を出る私。節電のため照明を暗くした長い長い廊下を小走りに進み、階段を下りる。またしばらく小走りに進み、台所の冷蔵庫からミルクを取り出し、ミルクパンに火をかけホットミルクを作る。

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・・・



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テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

一恋

一週間後。

最近お嬢様のご様子がおかしい。ため息をつくこと多く何かに悩んでいるご様子だ。今日の朝食も半分以上残してしまった。
私の作ったサンドイッチとコーンスープと野菜サラダが死ぬほどまずい、という可能性がないとしたら何か大きな問題を抱えているに違いない。

私に何か出来ることがあれば、喜んでお嬢様のために働きたいと思う。だが、本人が望んでいるわけでもないのに個人的悩みに干渉していくのは、使用人の立場としては出過ぎた真似と言わざるを得ない。

「お嬢様、お夜食のミルクをお持ちいたしました」
「ん、ありがとう」白くてフカフカのソファでまどろみながら、ふあぁーと猫のようなあくびを噛み殺しながら答えるキャサリンお嬢様。まあ、愛らしいといえなくはないだろう。お嬢様のお耳は小ぶりで可愛らしい。
「憂?」
「あ、はい。」
おっといけない、余計な考えことはほどほどにしないとな。ご主人様への対応が遅れてしまう。
お嬢様は自分から呼び止めたのに、何故かモジモジして二の句を告げずにいる・・・。

「ねえ・・・あなた。そのう、えっとね、私、好きな人ができちゃったかもしれないの」
「ぷっ」
一瞬の間を置き、笑いを吐き出す私。

「はあああ!?今あんた 笑ったでしょう!?」
「わ、笑ってませんよぉ」

「嘘! 嘘嘘嘘 ぜーたい笑った。あ、そういいよもう。ママに言いつけて路上に放り出してあげるから。短い付き合いだったわね~さようなら~( ´ ▽ ` )ノ」

照れ隠しのために傍若無人な主人を演じるようにしかみえないきゃさりんお嬢様、天使のようにみえなくもない。
その華奢な肩に羽が生えるのはいつだろう?

「そういうことをおっしゃるのでしたら、私だって、お嬢様に想い人ができたことを奥様に報告してもいいのですよ?」
「それは、本当にやめて。悪い虫が付いたとか騒ぎ出して留学させられるから。そうなると、あなたもお払い箱になるよ?」
一転して真剣な口調で諭されてしまった。それはもちろん困る。ここにいれば贅沢な暮らしができますしね。

・・・
「お嬢様。先ほどは大変失礼いたしました。」 謝罪を重ねやっと機嫌を治すきゃさりんお嬢様。
「わ・・分かればいいのよ、分かればっ」
まだ、プンプン怒ってぽかぽか私の胸を叩いている。
「ですが、お嬢様」
「なに?」

お嬢様は、将来、枢密院と呼ばれる陛下直属の諮問機関で働くことを前提に設立された枢密学校という特殊な環境で日々を過ごしている。生徒たちは将来のエリート達なので、学校は生徒を信頼して一切生徒にルールを課さない。そのかわり、学校の中で代々伝わる不文律が校則の代わりとなっている。このようなルール化されていないルールは、長年の伝統で醸成され、学校の文化としてしっかりと根を張り、生徒達を縛っている。色恋沙汰で言えば「学生の身分で恋愛は相応しくない」という不文律があるのだが。

まあもっとも片思いでとどまっているうちは何の問題もない。
「お嬢様。念の為に伺いますが、男性教師に対する恋愛ですか?」
「それは、違うの、違うんだよぉ」とても苦しそうに言葉を絞りだすお嬢様。

やっぱりか。どうしても女の子だけの空間で生活しているとそういうことに陥る生徒が多いと聞く。

「私が気になる子は、す・・・」
「す・・・?」
キャサリン「菫先輩」

そう、同性愛に走る生徒が多くなる。
・・・

基本的に、使用人はご主人様のプライベートを侵してはならない。しかし、ご主人様自らその悩みを打ち明けた場合、その悩みは好きも嫌いもなく共有しなければならない。ある意味便利屋のような存在だが、便利屋とは違い昨日今日の信頼で作られた関係ではないので、彼らには頼みにくいかなり踏み込んだ任務を任されることもある。

で、今回私に与えられた、その踏み込んだ任務というのが、想い人である菫さんの身辺調査であった。

凍てつくような冬の寒風を眠気覚ましがわりにして、若鹿のように軽い足取りで学園の校門をくぐり抜ける一人の女生徒がいた。身長は170センチくらい、髪はサラサラのショート。切れ長で涼やかな目をしている。健康美あふれる少女。校門をくぐり抜けるやいなや、早速、後輩らしき女生徒たちから挨拶を受けている。

「菫先輩!おはようございます」
「おはよう、ゆかり。風邪はもう大丈夫?」
「さっきまでだるかったですが、先輩の笑顔を見て完治しました!ですから、一緒に朝練しましょう?」
「だーめ。今日一日は無理しちゃだめだゾ。」

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うう、思わみずとれてしまったよ。 かっこいいしかわいいし つまりかっこ可愛い。学園近くの民家の前で菫さんを観察しなら沈思黙考する私。なるほど、あれがお嬢様の想い人か。容姿も気配りも、まるで王子様のような振る舞いだ。

戦闘部のエースにふさわしい。率直にそう思った。なんかこう、私でもそばに寄って甘えたくなる人だな。ちなみに、戦闘部というのは将来の軍のエリートを養成する機関だ。


「なるほどね。」母親の愛に飢えたお嬢様が菫先輩に懐くのは当然のような気がしてきた。
ぼやくと同時に、知らないおばさんがすごい目つきで私を睨んでることに気づく。

「ちょっと、あなたなんなんだい、一体?日の出前から人んちの門前にはりついて。」

「ご。ごめんなさい、用事はもう終わったので、すぐに出ていきますからっ」
とうとう、怒られてしまった。
(やれやれ)


・・・

「完璧だからだよ?」

その夜、菫さんに執心する理由をお嬢様に伺ってみたところ返ってきたセリフだ。

「菫先輩はすごいよ。容姿端麗は見ての通りだけど。成績学年トップだし、陸上400mで全国大会にも出てるんだからっ。その卓越した能力のおかげで陛下からの覚えもめでたくいずれは軍の幹部にのし上がるでしょうね。菫閣下の誕生だよ!!その上、能力が高いからといって驕り高ぶらないから人望もあるの。こんな完璧な人のお側にいられたらそれだけで幸せかなって思う」

「さいですか。」少し嘆息しながら答える。

菫さんは、スポーツ科学専門のグループと協力して陸上の能力を伸ばしているらしい。そこでは、決められたメニュー以上の努力はむしろ禁止されている。従って菫さんは、自分の専門以外のことにも活躍の幅を広げる余裕がある。『一専多能』を教育目標に掲げるお嬢様の学園は、生徒が専門バカになることは許さないのだ。

「で、どうなの?菫先輩についての調査結果は。情報の価値次第ではご褒美をあげるわ。さ、早く言いなさいよ。」
学園生活に忙しいお嬢様には菫さんについての情報を集める余裕がない。従って、私がお嬢様の代わりに情報収集することになっていたのだ。

「えっとですね。出身成分はB、つまり平民です。北国生まれで、好きな食べ物はラーメン、餃子。幼少の頃から武道をたしなみ・・・」うんうん頷きながら傾聴しているキャサリンお嬢様。

「・・・以上です。」報告を終え、ふと見上げると、苦悩がお嬢様の顔ににじみ出ている。

「ど、どうすれば、菫先輩と仲良くなれると思う?」
と問われても、私にだってさっぱり分からない。

「そうですね、ご存知のとおり、菫先輩のファンは多いです。また先輩は心身ともに厳しい生活をしています。恋人との時間を過ごす余裕はないでしょう。ですので、まずは菫先輩との距離を縮め、先輩が恋人欲しいな、と思った時に真っ先に候補に上がるようなポジションを狙ってはいかがでしょう?」

「うーん、となるとどうやって距離を詰めるかだよね」
恋に悩むお嬢様は可愛さ二割増し。うるるんお目目が悩ましい。

「報告ありがとうね。ご褒美を上げるほどではないけれど参考になったわ。」
さっと手を振って退出を命じるキャサリンお嬢様。

よかった。ほっとしたよ。怖くて報告できなかったけど、実は菫先輩には既に恋人のような人がいたのだ。その恋人の名は、一恋(ひとついれん)。

・・・

「ひっく、えぐ・・すごい・・・すごい、睨まれて、目で人が殺せるのならとっくに私死んでいました・・」

下校時間が過ぎて太陽が大地と接吻する時刻、とある廃ビルの一階で密会する菫と小動物的な魅力を持つ少女がいた。恋が菫に悩み事を訴えているようだ。これは、しっかり聞き取らねばならない。

「やんごとなき身分の方のご息女様のようで、名前は・・・きゃさぴん?胸ちっちゃくて金髪碧眼の女の子です。その子が、私に言ったんです。先輩の目の前でうろうろするなめざわりだどぶすしねよままにいいつけてたいがくにしてやるからかくごしろ・・・うんぬんかんぬん。完璧な菫先輩には完璧な身分を持つ私こそがふさわしいかくかくじかじか」

小さな体の恋はすっかり怯えてしまっている。 肩が震え膝が震え、大粒の真珠のような涙が地面を濡らす。いちいち同情を誘う姿である。

「大丈夫、大丈夫だよ? だから泣かないで?」
菫さんは、ひたむきに一恋さんの話を聞いている。

「えぐ、うぐ、ごめんなさい。菫先輩。先輩の負担になりたくないのに、泣くことしかできなくて。」
「大丈夫。私たちは親友だろう? 親友ならその悩みを聴き慰めるのは当たり前だ。」

実際、恋は保護欲をそそるタイプなのだ。いつも不安そうな目をしている。可愛い容姿なのだからもっと自信を持っていいはずなのだが。

「先輩・・・先輩って頑張りすぎていますよね」涙を拭いながら唐突に言う恋。
「えっ」軽く驚く菫。
「私は、先輩はどんな先輩でいいと思います。戦闘部のエースでなくっても、学年一位の成績でなくても。菫先輩は菫先輩のままでいれば、それだけで私は好きでいられます。」

そうか、そういうことか。私は恋が菫を好きな理由を、菫が完璧だからだと決め付けていた。お嬢様と同じ理由で好いているのだろうと思っていた。

でも違った。

恋は完璧ではない菫を見てその菫を好きだと言う。今まで菫を好きになる子は多くいたと思うが、その殆どはキャサリンお嬢様と同じく菫の完全性へのあこがれで好きになっていると思う。

しかし、人間誰しも欠点を持っている。完璧な人などいない。それなのに、完璧であることを要求すれば、その人を無視するに等しい。無視は人を深く傷つける。だから、次のように菫が言うのも自然なことだ。
「ありがとう、恋。一人でも私の悩みに共感してくれる人がいて嬉しいよ。」

廃ビルの窓から二人の様子を伺っていた私はその場を離れた。もう少し粘りたかったが、残念ながらお屋敷での雑事が溜まっている。

・・・


賑やかな大通りに出た私は思考を止められないでいた。どうしても、先ほどのやり取りで気になるところがあったからだ。

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お嬢様と一恋が接触してしまったかもしれない。それはいい。しかし、あの大人しくて控えめなお嬢様が死ねとかどぶすとか言うだろうか。私の一年分のお給金を賭けてもいい。絶対にお嬢様はあんなセリフを言わない。

何か変だな。

・・・
キャサリンお嬢様ご就寝前に行われるいつものお疲れ様会の時間。今日も今日とていちごの匂いのするお部屋。

「お嬢様、つかぬことをお伺いしますが、一恋という方をご存知ですか?」
ひとつい・・・? だあれ? 変わった名前ね。
小首をかしげるキャサリンお嬢様。ふわっと髪が揺れて洗いたての髪からリンスの匂いが拡散。私の鼻腔を妖しくくすぐる。

「いえ、ご存知ないのならよいのですが実はですね・・・」
だいぶ悩んだが、結局私の知っていることをありのまま話すことにした。やはりというべきか当然というべきかショックを受けたご様子だ。万一寝込んだら、責任をもって看病しよう。そうしよう。

「そっか先輩にはもうそんな人がいたのか」

手の甲に顎を乗せながら、ふうっと、大きなため息を放ちながら、お嬢様は、ニヤリとして微笑して言い放った。

「正直、そこまで先輩のことを理解している子がいたのはショックだけど、ま、障害があったほうが面白いよね。こういうのは。」
もう少しショックを引きずるかと思ったが、刹那のショックは即座に戦闘意欲に変換されてしまったようだ。
「はあ、お強いですね。お嬢様は。」
正直、あのふたりはもうふたりだけの世界を作っているので割り込むのは無理だと思うが。

「ああでもね、私は恋という子に会ったことはないしもちろんそんなこと言ってないよ。菫先輩に私の悪口を吹き込んだこの落とし前はきっちり払わせてあげるよ。」
「あのですねお嬢様。」
「うん?」
まだいたの?と言いたげな口調だったが、暴走しないように釘を刺しておかねば。
「一恋様のことはもう少し調べてみますので、それまでは目立ったことはなさらない方がよろしいかと。」
「う~ん。まあ、恋敵になりそうな人の情報は大いに越したことないか。」
唇に手を当てて考え込むお嬢様。
「でも私、待たされるのは嫌いだから。一週間以内に彼女についての調査をなさい。憂」
「・・・善処します」
やれやれ、疲れそうな一週間になりそうだ。超過勤務手当は出るのかしら。

・・・

それから数日後、一恋が入院した。

いつものミルクの時間。主従二人だけの夜の時間。いつもであれば愉快な話に花を咲かせるけど今日は違う。
「そりゃ、びっくりりしたよ」
きゃさりんお嬢様は、やや興奮気味に話し始める。

「友達から聞いた話だとね、体育のマラソンの授業中に倒れたんだって
一恋ちゃん体力のない子だからどうしてもペース遅くなっちゃうでしょう?だから倒れたときは一番後ろを走っていたから誰も気づかなかったんだって。」

「しかし、お嬢様。ゴールしていない子がいたら普通誰か気づくのではありませんか?」
と尋ねると、普段はまあるいお月様のように輝く瞳に雲がかかった。

「それがね、かわいそうな話だけど。一恋ちゃんクラスでも影の薄い子みたいなの。だからいないの気づいてもらえなかったんだって。」

「そんな、ひどい」
思わず聞き返してしまった。

「んでね。最終的には体育の先生の点呼でいないって分かって、先生が必死になって探して路上で倒れている一恋ちゃんを発見したそうよ」

「ううむ」
私もホームレス生活が長かったので、倒れていても誰にも気にされないことが、どれだけ心が傷つくかは身にしみてわかっている。無関心は人の心を確実に蝕む。だからどうしても彼女に同情してしまう。

一恋は大丈夫だろうか

・・・

その後、一恋についての噂は、日を追うごとに奇怪の度合いを強めていった。

一恋さんの教師が見舞いに行ったら、一恋の両親は面会を丁重に断り、親友が見舞いに行ったら、一恋さんの両親はお見舞いの品と励ましの手紙こそ受け取ったもののやはり面会は断ったそうだ。さらに奇怪なのは、一恋さんの親友である菫がさんお見舞いに行ったところ、激しく罵倒し追い返したという。

「どういうことだろう」
一恋さんについての最近の調査結果を報告して、お嬢様に問われた。いや、あの、私のお仕事は情報を集めることで情報を分析することではないのだが。

今日は格別に寒く、そのため部屋を暖かくしすぎた。ホットパンツ姿のお嬢様は白い陶器のような太ももを顕にしている。触ったらきっとつきたてのお餅のような感触に違いない。
いつか私の手で餅つきしてみ・・・
「憂~~~~~~~ 聴いてる??」
若干苛立ちながら地団駄踏むキャサリンお嬢様。

「あ、はい。なぜご両親は面会を許さないのでしょうか。
特に、どうして一番力になれるはずの菫さんを拒絶するのでしょうか。私、気になります。」

焦って機械的に答えてしまう。
あらぬ妄想をしながらもご主人さまの話のポイントは的確に把握する。プロとはそういうものだ。これを並列処理という。

ああ、そうだ。妄想に夢中になって忘れてたけどもう一つ情報があったんだ。

「あと、お嬢様。大事な報告があります。一(ひとつい)は男爵の家系です」
「ひとつい男爵家・・・?たしかあの家は、呪術系の魔法のお家ね。」
「呪術系・・・加持祈祷で病気を治したり天候を操った利するお家ですね。」
「うん、テクノロジーが発達した今の時代じゃ、そんな魔法は魔法にもならないよ。」

衛生環境が悪く、食べ物もろくにない時代、人々はよく疫病に悩まされたと聞く。医学も発達していない時代では加持祈祷に頼るしかなかったわけだが、今はそんな時代ではない。

・・・
一週間後
先日のコーラのおじさんが一人でやってきた。今回はその身分を打ち明け一(ひとつい)男爵家の当主であることを認めた。

そして苦悩に満ちた表情で、キャサリンお嬢様に娘の恋の状態を語った。

「娘は、無理をしすぎた。娘の大好きな菫に尽くしたいと思うあまり菫の心を読む魔法を無意識のうちに使っていたらしい」

はっと吐息を飲むキャサリンお嬢様。
「心を読むのは菫ちゃんの魔法ではないですよね?危険すぎます!門外漢が心読みのような強力な魔法を無意識に使用し続ければエネルギーる不断に流出するじゃないですか?」
一恋の体は間違いなくボロボロだ。

「んなこたあ、わかっている!」
声を荒げる紳士。 年端のいかない少女に当たり前の説教をされるのは不愉快だったらしい。
だが、娘の病状は深刻の度合いを増しているらしくすぐに気を取り直す。

「頼む!娘の回復に力をかしてほしい!」
すがりつく紳士。

「と言われましても・・・」
困惑するキャサリンお嬢様。同じご学友の恋を心底助けたいと思っているのは間違いない。間違いないがその手段がわからないのだろう。もちろん、恋敵?を助けたくないという気持ちは、流石にこの状況では生じていないはずだ。生じていませんよね?お嬢様。

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「ちょっと待ってください。第一、加持祈祷による治療は、男爵様のお家芸ですよね?」
「確かにそうだが・・・」
苦悶の表情を浮かべる男爵様。
「加持祈祷など、あてにならん。」
先祖代々伝わるお家芸を否定するのは、筆舌に尽くしがたいほど悔しいだろう。だが、今は虚栄心にこだわる時ではない。

「でも、私に出来ることがあるとは思えません。」
「それなら大丈夫だ。あなたにとっては非常に容易な方法で娘は助かる」

バカとハサミは使いよう、という格言があるが魔法も似たようなものである。たとえ直接役に立つ魔法を使うことができなくとも、目的を達成できるように常に思考を鍛錬することは重要だ。そう言う意味で、この紳士は男爵でありながら一日の長があった。

だが、話を聞いたお嬢様の顔に緊張の色が走った。
「それは、そのアプローチは、」
思わずうつむいてしまうキャサリンお嬢様。

それは一恋を救う簡単確実な方法。でも私が一恋ならばその魔法の使用は拒否したであろう。

一恋の時間を体の衰弱が発生する前に戻す。それが男爵様の出した答えだ。
「そもそも、あの女、菫といったか。彼女に心を奪われたのが一恋が衰弱した原因なんだ。だったら、菫と出会う前の状態に一恋の時間を巻き戻せば良い。」
お出しした水出し玉露に口をつける男爵様。商業系貴族としてキャリアを積んでいる紳士も流石に緊張しているようだ。

一方キャサリンお嬢様の方は深く考え込んでいる。やや不安が高くなっているご様子。私はお嬢さまの集中力を高めるために、お気に入りのいちごのアロマを焚いた。今回は紳士は嫌な顔をしなかった。

「確かに、その程度の魔法ならば、私にかかる負荷は小さいです。しかも効果は確実。」

「だろう?500年前のコーラの時間を巻戻して平然としておられるあなた様なら造作もないことだ。な?頼む? 引き受けて欲しい。もちろん報酬は言い値で払おう」

本当は、急性の低血糖症状に陥って大変だったんだこのやろう。とはもちろん言わないが。一恋が菫と出会う前の状態に一恋の体を戻すのはお嬢様にとってお散歩程度の負荷であろう。しかし、それは一恋の大事な人間関係を潰すことになる。

「でも、それでは記憶が、一恋ちゃんと菫先輩との記憶まで消えてしまいます。ちょっと、気の毒です」
お嬢様もお気づきのようだ。

「確かにっ。それは認めよう。可哀想かもしれん。だが娘の命には変えられん。だからその責めは私が負う。娘の命が助かるのなら、娘に憎まれても構わん。あなたは何も気にしないでよい。なんだったらあなたは私に強要されて仕方なく魔法を使ったことにしても良い。なあ、頼む!事態は一刻を争うのだ。協力してくれ!」

感極まったのか、激情に駆られたのか、紳士は涙をハラハラと流して訴えている。大の男性の本気の剣幕に当てられたキャサリンお嬢様はすっかり萎縮してしまっている。だから次のように答えても一見不思議ではない。

「分かりました・・・一恋ちゃんのところに連れていてください。その、えと、善処します」

不思議ではないが、娘を助けたい紳士と恋敵の恋を潰したい女の子の利害が一致した瞬間、と解釈しては酷だろうか?

・・・
同日夜、男爵様に同行し自宅療養中の恋の自宅に向かう。彼女の家は、近代的な20階建てのマンションにある。そのうちの19階と20階のすべてのフロアが彼女の自宅にだ。

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キャサリン邸のように大きなお屋敷に大きなお庭のついた自宅も豪快だが、このような家もまた別の意味で見学者を圧倒させる。

さすが各種免税特権に守られた貴族。金持ちだ。
などと考えているうちに19階までエレベータで上がってしまった。

「恋は20階にある自室で休んでいる。これから娘の説得に同行していただく。首尾よく説得が奏功すればよし。万一、失敗したら一旦退くふりをして娘が就寝するまで19階にて待機。娘の就寝時刻になったら娘の部屋の隣の書斎に来ていただき、多少遠隔魔法になってしまうが、娘の時間を巻戻して欲しい。」

男爵様はミッションの説明を簡単に終えた。別段、難しい話ではない。

とはいえ、寝込みを襲うような手法はなるべく採用したくないのでできれば最初の説得を成功させるよう最善を尽くすことも確認された。

というわけで、男爵様、キャサリンお嬢様、私の三人で恋の自室の前まで来た。
トントン、ノックをする紳士。

「恋?入るよ」
優しい声色だ。セリフは短いがどっしりとして余裕がある。娘に対する愛情がビシビシ伝わってくる。私もいつか大事な人にあのような声色が出せる日が来るのだろうか。

「どうぞお入りになって」
か細い声が私たちを出迎えてくれた入室さえも拒まれる事態も想定していたのでひとまず安心。だが、彼女は病人特有の衰弱した声をしている。

部屋に入ると、それは海であった。
まず正面に飾られているたくさんの珍しい魚が海を回遊している綺麗な絵が目を引く。恋の自作のようで写実的な絵ではないが、生き生きとした力強い絵だと思う。部屋の中央には大きな水槽が置かれ、海藻や大きな石の間を様々な色の熱帯魚が自由に泳ぎ回っている正面から左手側には勉強机に本棚。机の上は、イルカや鯨アザラシなど海の生物をモチーフにしたフィギュアが所狭しとひしめき合い、本棚には、海域から見た世界史、海域ネットワーク論などの社会科学系の本の他、熱帯魚や海をテーマにした写真集がたくさんある。

とにかく、恋の部屋は海への飽くなき憧れが詰まっているようだ。

肝心の彼女自身はもちろん寝ている。小さいベットだが、それでも一恋には大きい。彼女が呼吸をするたびに布団が上下している。かなり難儀をしているようだ。ちなみに病身を包むお布団も海を象徴する青である。

「一恋。今日はお前の病気を治すために大事なお客様に来ていただいたんだよ?」
「だあれ?お父様、また教会の方がご祈祷して下さるの?」
「ううん、教会の祈祷もいいが、もっと確実に病気を快癒してくださる方だ。紹介しよう。こちらは、キャサリンちゃん。お前と同じ学校の・・・」

キャサリン・・・という名を聞くやいなや、ガバっと跳ね起き、目を満月のように丸くさせる恋。荒い呼吸がさらに荒くなり、恐怖とも嫌悪とも名状し難い表情をその可憐な顔に刻みつけている。

「出ってって!お父様、私この子と一緒に居たくない!」
面と向かって拒絶されたキャサリン様はバツの悪そうなお顔をしている。

二人の間に何かあったのだろうか?

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親の敵を見るような目でお嬢様を睨みつける一恋。おっとりして優しい印象しか持っていない子がそのような厳しい表情をすると常人には出せない凄みが発揮される。しっぽを踏まれてガルガル唸る子犬のようだ

一方、キャサリンお嬢様の方は気まずそうにうつむいたままだ。

「その、あのね。恋ちゃん。私はあなたを助けたいだけで何もひどいことする気はないから安心し」
「聞きたくないっ!」
かっと見開いた目で拒絶する一恋。衰弱したかすれた声だったけど目が血走っていて怖い。
「一恋ちゃんが何を怒っているのか分からないよ」
お嬢様、頑張って応対している。声、震えてるけど。本当にどうして彼女が自分に怒っているのかまるで理解していないような態度である。

それっきり、しーんと沈黙の時間が続いた。10分くらい続いたような気がするが実際は2分程度かもしれない。気まずい。と思った矢先、先に口を開いたのはお嬢様。一応、何のためにここに来たのか自覚はしているようだ。

「えっとね。恋ちゃん。事実関係だけ確認したいのだけどいいかな?」
「・・・」
一恋は布団の中に潜ってしまった。
「恋ちゃんは、菫先輩のことが好きで、すみれ先輩に尽くしたいと思った。だから、すみれ先輩の心を読む魔法を無意識のうちに使い続けた。その結果、無理がたたって体を壊しちゃったんだよね?」
一恋は布団の中で団子虫みたいに丸くなっている。

「だから、私。あなたの体を治したいの。恋ちゃんが先輩と出会う前の状態に戻せば解決だよね?もちろん、すみれ先輩との思い出も消えちゃうけど、すみれ先輩なら話せばわかってくれると思うし。それに、恋ちゃんは日記を付けているとお父様からうかがったので、記憶をなくしても日記とか写真とかをみれば先輩との関係に大きな支障はないと思うの。だから・・・」

「いいかげん、しらじらしいよ。偽善者!あなたじゃない!あんな暴言を私の頭の中に押し込み続けたのはっ!」
吐き捨てるように叫ぶ恋。無理に大きな声を出したせいで激しく咳き込んでいる。

「ぼ、暴言?な、なにを言っているのか私にはよく・・・」
唐突で明確な敵意を向けられたせいかお嬢様の弁解に歯切れがない。呼吸が不自然に早くなり、目が泳いで不安を隠しきれないでいる。

「死ねとかどぶすとか絶対に退学にさせてやるとか。あなたの負の感情を暴言と一緒に私の脳内に送り続けていたんじゃない!」
「えっと、私もすみれ先輩のこと好きだったから、嫉妬心でそんなことを思ってしまったかもしれないけど、でも、そもそも私の心の中で思ったことをのぞき見する権利なんて誰にもないよ?」

一見、正論である。心の中で何を思おうが、どんな邪悪なことを考えようが、それだけでは非難に値しない。むしろ、勝手に人の心を魔法でのぞき見する方が非難に値するであろう。でもこの弁解には弱点がある。

「違う!私はあなたと面識なんてなかったっ。私の方からあなたを気にする理由なんてない。それなのに気がついたらあなたの呪詛の言葉が、あなたの憎しみの感情が、私の頭にしっかりと根付いていたんだよ。」

一恋ちゃんの方から心読みしたのではなくお嬢様の方から憎悪の念を強制インストールしたということになり歩が悪い。

「あなたこそ、無意識に魔法を使って私を呪詛し続けていたんじゃないっ」
布団を跳ね除け、びしっと人差し指をお嬢様に向け糾弾する一恋。

繰り返しになるが、姫宮家の魔法は全て「転移」が土台になっている。時間であれ、空間であれ、情念であれ。

お嬢様は、自分の憎しみを一恋の精神に転移させたのだろう。蛇足だが、古代的な文脈で言えばこれは呪いに読み替えられる。

「一恋ちゃんごめんなさいそれについては弁解しない。謝るよ。」
きゃさりんお嬢様は一恋の目を見ながら申し訳なさそうに素直に謝った。
「でもね、一恋ちゃん。罪滅ぼしなんて言い訳はしないけどあなたを助けたい気持ちも本当にあるの」
「・・・」
「このままでは、一恋ちゃん助からないよ? 菫先輩にも悲しい思いをさせちゃうよ」
「そ・・・それは、でも、私あなたのこと」

冷静になって考えれば、お嬢様の提案を受けない理由はないはずだ。だが、相手は自分を呪詛し続けた人間だ。信用しろ、というのは虫が良すぎる。

「お願い。私も一恋ちゃんに酷いことしたって思ってるの。だから、だから、少しだけ罪滅ぼしをする機会を欲しいです。」
お嬢様は、収まることのない一恋の反感に気圧されているせいか、あくまでも下手な態度に終始する。

「ごめんなさい。キャサリンさんのご好意はとても嬉しいです。でも、私にとって先輩との思い出はとても大切なものなの。簡単には失いたくない。それに、私の記憶がなくなれば、先輩びっくりすると思うの。私だけの問題じゃないから、先輩とも相談したいです。」
氷のように冷たい目でたんたんと言葉を紡ぐ一恋。

「それは、その、でも」
「ごめんなさい。今日はとても疲れました。休ませてください。ろくにおもてなしもしないで失礼なことばかり言ってごめんなさい」

やはり、一恋さんの不信感を拭うにはたった一回の交渉では無理があった。
お嬢様は、ドア付近でたっていた男爵様のほうをちらっと見てから、何かを確認する素振りを見せる。
「わかったよ。恋ちゃん。 今日のところはこれで帰るね。でも、私、一恋ちゃんに信じてもらえるまで頑張るから。」

かくして、一回目の交渉は失敗に終わった。

20階から19階に降りた私たちは、最初に案内された部屋に戻った。
善後策を協議するためだ。

「一恋ちゃんは、先輩との思い出をなくしたくないと言っていましたがどう思います?男爵様」
「菫との記憶を少しでも残すなど、父親としては論外と言わざるを得ないな。また菫のために無理をして体を悪くするだけだ。」
「ですが、人は学ぶ生き物です。絶対に同じ道をたどると決め付けるのはどうかと思いますが」
「一理あるが、娘の命にかかわる問題である以上、希望的観測に基づいた妥協はできないな。」

父親の気持ちもわかるけれども、もう少し娘のことも考えて欲しいな、と個人的には思う。きっとキャサリンお嬢様も同じだろう。
「分かりました。ではすみれ先輩と出会う以前の状態まで戻しましょう」
ってええええええええええええええええええええええええええええええ!?
なにそれ!?お嬢様!? あっさり引き下がりすぎじゃないですか!? 
一恋さんの気持ちを完膚なきまでに否定する発言ですよ!?

私の驚愕とは関係なく、二人の話し合いは続いていく。
「次に、男爵様。一恋ちゃんは、菫先輩と相談してから自分の記憶をどうするか決めたいと言っていましたが、これについてはどうお思いますか?」
「論外だな。時間が経てば経つほど娘の体調は悪化する。まして、菫と会えば、またいらん心読みを無意識に使ってしまうかもしれん。」
「ですが、男爵様。これは菫先輩にも関わる問題ですので、一度きっちり二人で話し合いをさせるべきではないでしょうか?」

至極最もな意見である。ある日、自分の親友が自分のことを一切忘れるなんてショックが大きすぎる。でも、二人で熟議した上で、記憶を失うならばショックはだいぶ緩和されるだろう。

「だめだ。恋にはこの際、菫との一切の癒着を断ち切ってもらう」
娘の身を案じるあまりの発言だとは思うが、これはひどい。きっとお嬢様も抵抗なさるに違いない。

「そうですか。残念です」
って、それだけええええええええ!? 一恋の部屋でのあの緊迫した言葉の応酬はなんだったんですか。お嬢様。確か一恋に信じてもらえるまで頑張ると言いましたよね?あれって私の幻聴でしたか?

「では、当初の計画通り、夜の一時に処置を終わらせます。」
「ああ、さくっと頼む。」

あまりにも事務的で淡々とした二人のやり取りにショックを受ける私。キャサリンお嬢様と一恋さんが火花をぶつけ合った数分前とはまるで違う空気がその部屋にはあった。流石に私も何か言わずにはいられない。

「差し出がましいようですが、それでは、一恋様の心を踏みにじることになりませんか?」
「控えなさい! 憂。ことは人の命に関わることよ。」」
手厳しい叱咤。いつもの馴れ合いとは違う厳然とした主従関係の空気が生まれた。確かに、命を盾に取られては何も言えないけど。
「そうだ。体あってこその心だ。体さえ無事ならば心は再生できる。だが体が壊れては心も壊れる。それでは意味がない。」
追い討ちをかけるような男爵様のお言葉。それから、いくつかの確認が二人の間でなされたが、私はもう二人のことに関心を失っていた。

そして、深夜一時。
「Let there be light (光あれ)」お嬢様の詠唱が20階の廊下に微かに響く。刹那、ぽっと青白い鬼火のようなものが眼前に現れ私たち3人の周囲を照らす。ロウソクの光を転移させてちょっとした懐中電灯代わりにしているのだ。じゃあ最初から懐中電灯を使えばいいじゃないかということになるが、それでは目立ちすぎるので一恋に気取られてしまうかもしれない。ミスは許されないので用心にこしたことはない。
「いや、申し訳ない。0時過ぎたら20階は全て消灯になるのでな。」
「いえいえ、このくらいの魔法なら全然へっちゃらですよ。」
どーんと、平板なまな板のような胸を叩くお嬢様。痛くないのだろうか。ともかく慎重な足取りで忍び足で一恋の隣の部屋を目指す私たち。万一、気づかれたら言い訳のしようがないから、物音一つ立てることもできない。と思ったら、

光、音、そして気配。消せるものは全て消しながら目的の部屋に入室。だが、罪までは消せないのではないだろうか。罪と知りながらそれを黙認する私はなんと罪深い存在なのだろう。

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まあ、お嬢様のことだから罪さえも「転移」できるのかもしれないが。



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ジャンル : 小説・文学

旧校舎

「時にお嬢様、一恋様はその後どうなりましたか?」

放課後の正門で、お嬢様を出迎える。今日は帰宅までの同行を命じられているのだ。

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「ああ・・・。記憶喪失、という説明で納得しているみたいだよ。」
「そうですか。それで菫先輩とはどうなりましたか?」
「さあねえ。」

まるで興味がないようだ。
「あ、でも。男爵様は恋ちゃんのパソコンを処分して新しいものを与えたそうよ。」
「それって、」
「菫先輩についての記録を完全に抹消するためだろうね。ふぁああ ねむい(。-_-。)」

学園沿いの道を少し進み横断歩道を渡る。閑静な場所で、車の通りが少ないので信号はない。

「ううん。菫先輩は大丈夫なのでしょうか?」
「大丈夫なわけないじゃなーい。だから、これから先輩と話し合いするのよ。納得してもらうために」
「納得するでしょうか」
「大丈夫よ。とても聡明な人だもの。問題ないよ。」

だったら、私が同行を命じられる理由はないはずだ。明らかに、私の支援を期待してのことだろう。

今後の展開に思い悩んでいるうちに、大きな日本式の庭園の入口まで来てしまった。庭園は一般解放されていて、お昼時には学生たちが昼食をとる。景色が素晴らしく風が心地よい。岩、石、砂利、小山、池、などが絶妙な位置に配置されていて、山の渓流から海に流れる大河までをかわいらしく表現しているセンスの良い公園だ。その奥の敷地は旧校舎となり、一般の人の立ち入りは禁止。旧校舎は、純和風の2階建て。横に長い造りだ。かなり年季の入った建物で、お嬢様は、この校舎の一階の左隅の部屋に自室を構えている。もちろん元々教室であった場所だ。これも、貴族の姉弟の特権である。実は、旧校舎の運営は貴族OBの寄付金によって運営されているのだ。

「すみません。姫宮キャサリンです。姫宮家の者一名が同伴します。名は憂。一般学生はいません。後で、2年生の四十園菫先輩と面会する予定です。」
「どうぞ、お入りください。」

校舎入口左側面に設置されている小部屋が管理人室になっていて、60は確実に過ぎていると思われる老婦が受付をしてくれた。土足厳禁なのでここでお嬢様は上履きに、私は来客用のスリッパをはく。廊下の方は、古い建物だけあって歩くとキシキシ音がする。あと、意外に人通りが多い。身分のある貴族は、数人の学生の付き人を従えるのがステータスになっているからだ。昔は、従える付き人の数は、その貴族の人望をそのまま映していたようだ。本来ならば、貴族最上位の姫宮家のご息女に学生の付き人がいないのは、不自然だ。これはひとえに、お嬢様の、まあこういっては差し支えが出るが変わった性格の結果だ。母上様も、たいそうお気になされていたので、私としてもそろそろ対策を講じなければならない。

「あら、姫宮様ではありませんか?」
「・・・ども」

せっかく知り合いと思しき生徒から挨拶をされたのに平坦な反応である。頭に、蝶の飾り物をつけている。あと、体全体からいい匂いがする。本当にいい匂いだ。

「そちらの方は、フレンドの方ですか?」
「・・・違う。」

うつむいたまま言葉短めに言葉を返すキャサリン様。不機嫌そうにイライラしている。あ、フレンドというのは貴族の付き人の意味だよ。今は封建的な言葉使いはしないんだった。私も意識を改めないと。

「じゃあ、家の方だね?いいなー。私も、メイドさん欲しいなー」
片手に顎を当てながら太陽のような笑顔でお嬢様をまっすぐ見つめる女の子。こちらの気分も暖かくなる、そんな笑顔。いちいち仕草がかわいいなーと私は思うのだがお嬢様は苦手らしい。

「私、もう行く」
「あ、うん。ごめんね、引き止めちゃって。」

キャサリンお嬢様だけでなく、なんと私にまで丁寧なお辞儀をして去っていく黒髪美少女。よくできた子だな。うんうん、お姉さんは関心だゾ。それにひきかえ、お嬢様は話しかけられたのがさも不快でたまらんといった態度でづかづか歩いていく。う~ん、これでは付き人、いや、フレンドの獲得など夢のまた夢だ。本当になんとかしないと。

「お嬢様。せっかく気を効かせていただいたのに、もったいないですよ?」
「べっつに~。平民風情に捧げる愛想なんてないわ~」
はん、と小バカにしたように吐き捨てるお嬢様。

「そうか。では、同じ貴族同士ではどうなのだ? 姫宮さん。私と仲良くする気はあるのか?」

突然、空間を切り裂くような声を掛けられた。凛としてよく通る声だ。見上げてみると、体操服を着た黒髪ポニーテールの女の子だ。同じような体操服を着たたくさんのフレンドとおばしき子も引き連れている。その数は両手の指では全然足りない。

「せ、千条さん」

ビクッと体を震わせ、蚊の泣くような浴びえた声で言葉を搾り出すキャサリンお嬢様。流石のお嬢様も身分のある生徒は邪険にできない。会いたくなかった人に会ってしまったような様子でやや動揺している。

「そちらの人は、誰だ?姫宮さんにもついにフレンドができたのか。」
「いえ、私は姫宮の家の者です。」
お嬢様が答える前に私が答える。
「ほう、ご家来衆の方か。はじめまして。私は千条紫炎。千条公爵家の娘であったが、故あってこの度、陛下より候爵家の立ち上げを命じられた。以後よしなに頼む。」
「それはおめでとうございます。」
刹那、場の空気が凍りついた。どうやら失言であったらしい。
「ちょっと、あんた人の気持ち踏みにじるのがそんなに楽しいの?紫炎様は、実家から切り離されたんだよ?」
取り巻きの一味から猛然と抗議されてしまった。どうやら、千条様は実家との縁を切らされたらしい。
「よいよい。もとより候爵家の立ち上げは私が承諾したことだ。その結果、何が起ころうとも、責めは私が負わねばならん。ところで、そなた、名はなんという?」

「・・・憂です」
「ほう、憂とな。」

嫌な沈黙の時間が続いた。苦痛だ。先に沈黙の扉を破ったのは千条の傍に控えていたフレンドだった。
「憂様。千条様はフルネームを名乗ったのですよ?」
微笑を絶やさない顔に丁寧な口調。だが、有無を言わさぬ覇気が感じられる。彼女のインバーバル言語をバーバル言語に翻訳すると「無礼でしょう?フルネームを名乗らないのは。」といった感じか。

「失礼いたしました。私は、ただの憂です。」

瞬間、場の空気の温度が2度くらい下がった。『この子、姓を持たない出身成分の低い子なのかな。』『でも、只野という姓かもしれないわよ。』『あら、知らないの。出身成分Cの子は「ただのなにがし」で身分をごまかすのよ?』女の子特有の甘い飴玉みたいなささやき声が廊下に落ちては転がり落ちては転がっていく。だが、内容がいちいち不快だ。私の処世術として、このような場面では確かに『ただの憂』と答えてごまかすことにしている。大抵の良識ある人は、気を使ってそれ以上の追求はしないからだ。

「ほう。」

若干目を細めながら、珍しいものでも見るかのようにお嬢様と私を交互に見つめる千条。

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「姫宮の家は、身分の貴賎に関わりなく、誰とでも仲良くする家風のようだな。我が千条家も、貧民の方々の救済には普段から心を尽くしていると自負していた。実際、私財を投げうち公園で炊き出しを行い、また我が家の使用人として雇うことで彼らが少しでも健やかな生活を送れるように微力ながら支援してきたつもりだ。だが、学校での世話までさせるという発想はなかった。これは感服した。」

誰とでも仲良くしていたら、フレンドが一人もいないわけないだろう。第一、お嬢様の我侭な性格は学園でも有名であり、好き好んで身分の卑しい貧民をそばにはべらせるわけがない。痛烈な皮肉である。

「だが、この旧校舎を代表する立場として一言言わせてもらおう。本校者は、出身成分Cの方が入館する場合、白い腕輪を両手足に身につけていただくという決まりがある。」
「別に、明文化されたルールじゃないでしょう?」
お嬢様は、キッっと睨んで反論する。
「確かに明文化されていない。いや、する必要がないのだ。ここに部屋を構える貴族の姉弟はみな良識をわきまえているからな。」
「う・・・。」
心臓がドキっとした。
冗談じゃない。足かせをはめるなんてまるで囚人みたいだ。それに、白い腕輪はホスピスに入院している患者が自らの病状を暗示するために装着するものだ。断じて受け入れられない。
「あんたねえ。私を貴族院議長、姫宮優子の家族と知っての狼藉と受け取っていいのかしら? 」
「身分のある貴族の子弟だから、私も下手に出ているのだ。でなければ、遠慮なくその女をつまみ出しているところだ。」
え、この態度で下手なの? というか私名前を名乗ったのに「その女」に格下げされてるし。
お嬢様は、ギリギリと歯噛みするお嬢様。両者のあいだに緊張が走る。刹那、場にざわめきが起こった。なんとお嬢様の手の上には空気が集まっているいるではないか。どうやら、転移魔法を使ったようだ。
「ほう面白い。この人数を相手に喧嘩がしたいのか?」
「おやめくださいませ。お嬢様。私は気にしていません。」
私は、両者のあいだに割って入った。
「どきなさい!憂。これはあなただけの問題じゃないわ。姫宮の家の体面を守るための戦いよ。」
「じゃあ、せいぜい頑張ってその体面とやらを守ってもらいましょうかー。」
だから、そこの派閥メンバーの子も煽るのはやめてよ。
「ああいい、お前達は下がってなさい。」
ずずずいっと千条だけが前に出る。手に武器は持っていない。どうやら、丸腰でも勝てると思っているらしい。千条様の魔法の特徴も理解していない現段階で戦うのはまずい。
このままだとお嬢様はますます恥をかく結果になるかもしれない。
「千条様。どうか、お怒りをお沈めください。決まりを知らなかった私が悪いのです。」
私は、千条の前で土下座して許しを請うた。
「私とて争いは好まん。だが、座して辱めを受ける趣味もない。そなたの主人はやる気なようだが?」
「お嬢様・・・どうかどうかこの場はお引きください。」
「ぐ・・・」

体力差を考えれば、お嬢様に勝ち目なし。かといって魔法での戦いにしてしまうとことが大きくなりすぎる。そのことはお嬢様も十分に理解しているはず。だが救いの手は思わぬ方から差し伸べられた。
「まあいい。そもそも、旧校舎での私闘は厳禁だからな。大野!」
「はい。」
大野と呼ばれた子が前に出た。
「旧校舎の不文律について、受付に伝えておくように。勘違いをした不心得者のおかげで、部外者がはびこるようになっては旧校舎を預かる者としては看過できん。」
「畏まりました。」

どうやら千条様にとっても問題を大きくすることは得策ではないと判断したのだろう。千条の方から引いてくれた。

それっきり、千条は私たち主従に全ての関心を失ったかのように、二度と振り返らずに去っていった。
私たちは立ち尽くすより他に仕方がなかった。

部屋に入った私たちの間には重苦しい空気が立ち込めていた。窒息していまいそうだ。お嬢様は部屋に入るなりソファに横になってしまった。頭からタオルをかぶってお休みになられているのでその表情を伺い知ることはできない。一見、くつろいでいるように見えるが、心中は穏やかではないだろう。何か声をかけたほうがいいのか悩むところだが、そっとしておいたほうがいいと思った。私は、菫先輩をおもてなしするためのお茶菓子とお茶の用意にとりかかった。

先程のような、嫌がらせを日常生活で受けているのならば、かなり辛いはずだ。千条のような大貴族を牽制するためにも姫宮派閥のようなものを早急にこしらえたほうがいいのかもしれない。でも、私が学園内をうろついて勧誘して回るわけにもいかないし。う~ん、お嬢様がどう考えているのか今夜にも尋ねないと。

20分ほど沈黙の時間が流れたあと、突然電話がなった。菫先輩が着たという電話を受付の老婆がしてくれたのだ。私がそのことをお嬢様に報告すると、お嬢様は起き上がり居住まいを正した。
「お嬢様、大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。」

しばらくして、コンコンとドアをノックする音がした。いよいよか。
「どうぞ、お入りください。」
開かれた扉の前には、王子様がいた。さすがにかっこいいな。サラサラショートに涼やかな目。ほんの少しだけやつれている感じがするが、それを感じさせない立ち振る舞い。

「はじめまして、でいいのかな。四十園菫です。」
「はじめまして、お目にかかれて嬉しいです。私は、姫宮公爵家の娘、姫宮キャサリンです。」

深々とお辞儀をするキャサリン様と私。流石に行儀作法の関してはこちらも負けていない。

「姫宮さん。今日はお招き頂きありがとう。」
「お茶の用意が整っております。まずはおくつろぎください。」

菫先輩とお嬢様はソファに腰掛け、私は3人分のお茶を淹れる。テーブルには様々な種類のクッキーが並べられている。色で言えば10種類以上はある。味?サクッとして美味しいよ。香ばしい香りも食欲をそそる一品。

「菫先輩。先輩も忙しいと思うので早速本題に入りますが、今日は一恋ちゃんのことでどうしても伝えたいことがあるのですよ。」
「うん。」

それから、お嬢様は、一連の経緯についてかいつまんで説明した。

「私が一恋ちゃんと菫先輩に相談をする機会を与えなかったのには理由があります。一恋ちゃんの安全のためです。彼女がまた先輩のために気を回し命を削ることを阻止する必要があったのです。」
「・・・」
「先輩からすれば、納得いかないことかもしれません。ですが、私も男爵様も、一恋ちゃんの命を最優先すべきであると判断したのです。ですから、先輩と一恋ちゃんとの面会は許しませんでした。」

一息に言い切って、深々と頭を下げるお嬢様。
まあ、繰り返しになるけど、一恋さんの命と一恋さんの恋を潰す両者の利害が一致しての行動だったわけだが。

「そうだったのですか。」
「恨まれても仕方のないことをしたと思います。」
「いえ、私が姫宮さんの立場でも同じことをしたと思います。貴方の行動は私も正しいと思います。ただ、」
「ただ?」
「私はもう恋を支えてやれないのが悔しい。恋はクラス内でも孤立していて、私と付き合うようになってからは露骨ないやがらせも受けるようになったみたいなんだ。」

いわゆる嫉妬か。王子様を独り占めされたら、周りの子はそれは悔しいだろう。

「恋は、私が恋を好きでいてくれるから、頑張れると言ってくれたんだ。」
「・・・」
「私の方から恋に近づくのもダメなんだろう?」
「はい。また同じことにならない保証がない限りダメです。厳しいことを言うようですが、魔法を使う者は自らの欲望を制御しないといけないのですよ。私たちは日々色々な欲望にまみれて生活していますでしょう?疲れを感じなくなりたい。好きな人の気持ちが知りたい。嫌な記憶を消したい。いろいろです。でもその度にいちいち魔法を使っていては、身が持たなくなるのです。魔法はただではありませんから。」
「なるほど」
「また、上から目線の発言を許して欲しいですが、男爵レベルの方は、持てる力が非常に限られているのでより強い自制心が必要なのですよ。」

男爵様は、娘の誕生日に娘の希望を叶えるために一生懸命になった。でも、心読みを専門とする一(ひとつい)の家では、専門外の魔法に手を出すわけには行かない。だから、恥を忍んでキャサリン様に頼った。本当は、自分のチカラで娘の目の前でコーラを復活させたかっただろう。

「一恋ちゃんは、そう言う意味で、未熟でしたと思うです。」
「でも、彼女が苦しんでいるのに何もしてやれないなんて。やり方は間違っていたかもしれないけど、私は恋からたくさんの元気をもらっていたんだ。せめて、何かしたい。何か。いじめられている恋をみても何もできないなんて。」
「先輩。私、一恋ちゃんを私のフレンドに勧誘してみようと思うのですよ。」
「え?」
「一恋ちゃんが私のフレンドになれば、彼女は安全です。一恋ちゃんをいじめることは私に喧嘩を売ることと同じことになるので。」

千条のフレンド達は、キャサリン様にかなり露骨な影口を叩いていたが、あれは千条の後ろ盾があってこその発言である。普通の生徒は、まずお嬢様に喧嘩など売らない。また、出身成分の高い一恋がお嬢様の保護下に入れば周りの見る目が変わり、彼女たちのお嬢様への嫌がらせも減るかもしれない。

姫宮-一恋の両者にとって得な取引と言えなくもない。

「でも、キャサリンさんがそこまでする理由はあるのですか。」
「実は、彼女に負い目があるのですよ。今は言えませんが。」

キャサリン様も嫉妬して無意識のうちに恋を呪ってしまった。その結果、恋の病状を悪化させた。あげく、一恋の恋を潰した。しかも、その真相を誰にも懺悔していない。その罪は確かに軽くない。

「また、恋ちゃんへの負い目は別として、その、私も王子様が好きなのですよ。」
耳をリンゴのように真っ赤にして、話の勢いで告白してしまったキャサリンお嬢様。

「え!?」
驚く菫先輩。

「ですからっ、先輩のために私もなにかしたいのですっ!」
「えっと、その、友達ののりとしての好きなのかな?」
「いえ、違います。恋ちゃんが先輩を好きになったのと同じ好きです。」
「気持ちはとても嬉しいよ。ありがとう。でも、今は恋のことで頭がいっぱいなんだ。ごめんな?」

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告白を受けた直後こそ驚きを隠せなかった菫先輩であったが、すぐに平静を取り戻した。やはり人気者だけあって、人に好意を向けられるのには慣れているようだ。

「先輩、それでですね。そのぉ。恋ちゃんのことで気になることがあったらすぐに連絡を取り合えるようにしたいのでメアド交換しませんか?」
「もちろん。大歓迎だ。」

ふむ。ついにメアドゲットした。これで、お嬢様の恋のすごろくも1マスくらいは進んだといえるかな?

ピッっと赤外線通信?(私はこういうことには疎い)でメアドの交換を終える二人。

「実を言うと、この旧校舎は近づきづらかったんだ。だからこうして携帯でやりとりできるのはありがたいよ」
えっと、どういうことだろう。ちょっと気になったので質問してみる。

「それは、どういうことですか?」
「実は、フレンドへの勧誘がしつこくてさ」
「憂、菫先輩は人気者でしょう? そんな人気者をフレンドにさせればその派閥には泊がつくのよ。あと、あこがれの菫先輩がいるのなら、自分もフレンドになろうと考えるやからも大勢いるだろうしね。」

派閥の威光が増し、派閥の数も増える。いいことづくしだ。

「でも、ここだけの話だけど、私は、一恋や姫宮さんには申し訳ないけど、あまり権力志向の強い貴族の人とは仲良くしたくないんだ。」
「生理的に受け付けないのですか?そういうタイプが。」
「そんなことはないけど、私、来年度の生徒会選挙に立候補するつもりなんだ。」
「あああ~ なるほど。」

なるほど~ と私も訳知り顔で相槌を打ちたかったけど、わけがわからないのできょとんとしてしまった。
「えと、どういうことですか?」
「わからないの? もしも、先輩が貴族の大派閥の支援を受けて生徒会長になってしまったら、学校の予算や人事を決めるとき、派閥の意向を無視できなくなるわ。昔は、こういうの多くて問題になったそうよ。」
「情けない話だけど、一昔前は、派閥どうしで不毛な対立を繰り返した挙句、大した実績のない部活に多額の予算が計上されたり、明らかに問題のある生徒に重要な役職をやらせたり、学食の経営を派閥の貴族の家長が経営する会社に譲り渡したり、やりたい放題だったみたい。もちろん、こんなのは私の目指す学校とはまるで違うよ姿だよ。私たちの学校は、人材や資金に恵まれ、それに魔法まで使える貴族がいる。だから、学生同士で足の引っ張り合いを行うのではなく、みんなで協力してもっと生産的な活動をするべきだと思うんだ。今のままじゃ、宝の持ち腐れだ。あまりにもバカバカしくてもったいないよ。」

普段の余裕のある態度ではなくかなり語気を強めて語る菫先輩。すすす、とお茶をすする私。お嬢様の通う中学校は希望をすれば大学院の博士課程までただ同然の授業料で通うことができる。それは、社会に有意な人材を多数輩出してきた実績があるからだ。故に、金とブランドの力にものを言わせてクラブ活動も部活動も委員会活動も自分たちのやりたいように行うことができる。

「豊かだからこそ人が争う土壌が生まれるのよ。」

これは、お嬢様のお言葉。この学校にもいろいろあるんだなあ。私も、ホームレスの頃は、豊かな生活に盲目的に憧れていた。みんなが豊かになれば、みんなの不満はなくなり、争いもなくなると思っていた。でも、違うのかもしれない。

その後、菫先輩とお嬢様と私とで、今後の一恋との関わり方についての具体的な話し合いが持たれた。その結果、菫先輩とお嬢様は毎日インターネットを通じて連絡を取り合うことことになった。

結果だけ見ると、今日のこの日から、お嬢様の恋愛は成就に向かって歩みを始めたといってもいいかもしれない。その歩の距離は、控えめに言っても、地球から月ほどもあると思うけど。

・・・



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特風委員会

「ああーあ・・・ 失敗したよ」

恒例の姫宮家の夜のお茶会で訥々と語り始めるお嬢様。表情は暗く小さな唇から魂が浮き出てきそうなほど意気消沈している。今日は、お昼に一恋と接触し、フレンドの勧誘を行ったそうだ。昨日の今日でその行動力やよし。

「えっと、よろしければ詳しくお話いただけますか?」

「実はね、恋ちゃんまたお昼休みにひどいいじめを受けていたんだ。廊下で足を引っ掛けられて転んでた。」
「それはひどい。とても危険な行為ですわ。お怪我はなかったのですか?」
「足をちょっとひねっちゃたみたい。通りすがりの子まで嘲笑しながら『あらあら、そんなことろで寝ていては邪魔でしてよ』なんて言ってた。」
「うわあ・・・名門中等部のいじめ半端ないですね。」
「まあ。私は当然許せなかったから、真空波で足掛け女と嘲笑女を吹っ飛ばしたけどね♪」
どう?偉い?と言わんばかりに無い胸を張るお嬢様。う~ん、返答に困るな。解説すると、この場合、真空波=空気の転移だ。
「えと、それで大失敗というのは、彼女たちを吹っ飛ばしたことですか?」
「あの子たちには当然の報いだよ?」
小首をかしげ、不思議そうな目で私を見るお嬢様。

「そのあとだよ、問題は。恋ちゃんを介抱して保健室へ連れて行く道すがら、思い切って勧誘したの。『いつも、あんないじめを受けて耐える必要なんかないんだよ。もしよかったら、私のフレンドにならない?そうすれば、堂々と恋ちゃん守れるようになるから』ってね」
「ほうほう。特に問題はない発言だと思いますが。」
「いや、実は大アリだったんだ。『わ、私も、こうみえても貴族です。貴族が貴族の下につくなんて聞いたことがありません。これ以上私を侮辱しないでください。』って言ったあと、大泣きしちゃったんだよ。実際、足を引っ掛けられた時よりも盛大に泣いてた。」
「ああ・・・。」

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私もお嬢様も貴族の不文律には疎い。そのために、知らず知らずのうちに一恋を傷つけてしまったようだ。
「しかも、」
「しかも?」
 
盛大にため息をつきながら言いよどむお嬢様。目がうつろで顔面蒼白。死人のようだ。
「まあいいか。論より証拠。これ見てみてよ」

お嬢様は、席を立ち机からノーパソを持ってきた。私とお嬢様は肩を寄せ合いPC画面を覗く格好になる。お嬢様は、ブックマークしてあったとあるHPを開き私に見せる。

「こ、これは!?」
「学園裏サイトだよ。」
ものすごくつまらなそうなものを見る目で画面を見るお嬢様。そこには、恐るべき文字が踊っていた。

「姫宮家令嬢による陰湿ないじめ!いじめに苦しむ一恋の弱みに漬け込み、自らの舎弟にせんと目論む!」とか、「一恋、涙。同じ貴族からも馬鹿にされる。衆目の面前で姫宮に自分のつゆ払いになれと命令される!」とか「一恋ちゃん傷心の涙。肉体的暴力の後に、心の傷に塩を塗り込まれる!」とか、センセーショナルな記事が並んでいる。

しかもご丁寧に、唇を噛みながら号泣する一恋アップの顔まで多数飾られている。誰が撮ったんだろう。これ。さらに、このHPの管理人はよほど仕事熱心なのだろう。号泣する一恋の写真の横に、口角を釣り上げ不気味に笑うお嬢様の写真を掲載している。
もちろん、別の日の別の場所で隠し撮りされたものだが、このHPを見た者は、お嬢様が一恋を虐げているようにしか見えない。

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「で、憂。何か感想は?」
「いえ、感想もなにも、ツッコミどころが多すぎて、何から言えばいいのかわからないですよ。」
「私もだよ。あまりにもいろいろあって、何が何だか。」

「では、まず一恋ちゃんのいじめの件から整理しましょう」
とにかく、話を整理しないとね。
「そうだね。一恋ちゃんの話が先だね」
「これは、あくまでも私見ですが、一恋ちゃんをいじめている連中は、貴族の後ろ盾がある輩と考えていいのではないでしょうか? そうでなければ、一恋ちゃんをいじめるのはリスキーです。彼女は家は商業系貴族ですからね。」
「いざとなったら、守ってくれるから安心していじめられる、か。下衆い話だけど異論はないよ」
「取り急ぎ、今日の足掛け女と嘲笑女がどこかの派閥に所属していないか調査しましょう。」
「うん。菫先輩にも話しておくよ。」

「それで、彼女たちが派閥に所属している前提で話を進めますが、やはり、一恋ちゃんに手を出したらただではすまないという脅しが有効でしょう。」
「後ろ盾がないといじめもできないヘタレには、脅しが有効ということね。」
「ですね。その手の方は弱い方にはとことん強いですが」
「強い子にはとことん弱いって相場が決まっているものね。」

「ええ。まさにそうです。従いまして、お嬢様クラスの生徒が一恋ちゃんの保護をすると宣言することは極めて効果的なアプローチだと思います。」
「私、最高位貴族だからね♪しかも、母親は貴族院議長まで務めてるし。」
誇り高く胸をはるお嬢様。

「ですが問題は」
「一恋ちゃんの名誉だね。確かに、貴族が貴族の下につくのは、一個人だけでなく家の体面にも関わるから、簡単な話ではないか。そういう世間的なしがらみはあんまり感じてこなかったけど、強者の奢りだったと思う。」

私たちが、当初立てた戦略は、方向性としては決して間違ってなかったと思う。ただ、具体的にどういう手段を取るべきか、もう少し丁寧に考えるべきだった。私たちはいろいろなしがらみの中で生きているのだから。

「単刀直入に言いますが、お嬢様が一恋ちゃんの本当の意味での友達になれるかどうかにかかっていると思うのですよ。友達だから助ける。これ以上自然な話はないでしょう」
「まあ、それができればそれが一番いいよね」
言葉とはうらはらにお嬢様の言葉に覇気がない。どうやら、一恋とはそりが合わな過ぎると思っているようだ。

「でもさあ、憂」
「はい?」
「誰かを助けるのにそれっぽい建前がいるかな。誰か苦しんでいる子がいるのなら、無条件で助けるべきだと思うんだよね。友達だから、とかに関係なく。」
「おおう・・・」
なんと素晴らしいご意見。素晴らしいのだが、友達でもない、しかも恋敵でもある人間にそこまで尽くせるものだろうか。
「それに、恩を売っとけば後々助かるかもしれないし」
今の発言は聞かなかったことにしておこう。
「ですが、お嬢様。四六時中彼女を見張るわけにもいかないでしょう?」
「そうだよね。私だけでは無理な相談だよね。何かいい手はないかな」

その後、しばらくの閒、二人で話し合ったが、有益な結論は出なかった。明日、旧校舎で菫先輩も交えて善後策を練ることが確認され本日のティータイムは終了した。今日は、学園裏サイトについてまで話を煮詰める余裕はなかった。


・・・
「ぷっはあああああ! ひさしぶりにすかっとしたZeeeeee!」
「お嬢様、はしたないですよ」
旧校舎のプライベートルームで、腰に手を当て、オレンジジュースを一気飲みするお嬢様。いささか以上に気分が高揚しておられる。
「固い事いわない、いわない。今日はひさしぶりに気分いいんだから♪」
なぜこんなにテンションが高いのか。それにはもちろん理由がある。少しだけ、今さっき話されたお嬢様の回想に付き合って欲しい。

・・・

「今日も今日とて、激しいいじめがあってね。」
「またですか!? 懲りない子達ですね。して、今日はどんないじめでしたか?」
はあ、と大きなため息をつきながら言葉を紡ぎ始めるお嬢様。
「ひどかったよ。調理実習で作ったお弁当を、先生に評価してもらうために運んでいた恋ちゃんに足掛けして転ばせた上に、もうひとりの子が落ちた弁当箱を蹴っ飛ばして中身をぶちまけた挙句、(ちょっとお、何廊下汚してるの?。ここの廊下掃除私らの担当なんだからさあ。さっさときれいにしてよね。)って言ってた」
「うわあ・・・。いじめの質が悪化してますね。ひどいです。一恋様の気持ちを考えると言葉もありません。」

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「流石に、いじめた子には多少のお仕置きが必要だと思ってね」
「はあ、そうですね」
少しは痛い目に遭わないと懲りないだろうと私も思う。けど、何故か嫌な予感がする。
「アナコンダを召喚して襲わせたよ」
ブイッとピースサインをして、褒めて褒めてとアピールするお嬢様。
「・・・」
「ああでも、あの大蛇ちゃん、召喚するやいなや、子牛を吐き出しちゃったんだ。召喚されたストレスだね。お食事中に悪いことしちゃった。てへぺろ」
「・・・」
「あの二人は立ったまま気絶しちゃった。流石にもうこれで懲りたんじゃないかな。」
「・・・」
「ねえ、なんか反応してよ。会話にならないでしょう?」

なぜ、あえてそんな手段をとるのか。能力の無駄使いとまでは言わないけど、もっと簡易な手段が絶対にあるはずだ。学校内でそんな危険なものを召喚して生徒に襲わせれば常識的に考えればただでは済まない。

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「あの、それで恋様の反応はどうでしたか?」
「それが、さあ」
やや顔を曇らせるお嬢様。
「悲鳴をあげて逃げて行っちゃったんだよね。せっかく助けてあげたのに、礼儀知らずだよね。」
困ったもんだ、と言わんばかりのため息をついておられますが、困ったもんだはお嬢様の方ですよ。白昼堂々、神聖な学び舎でアナコンダなんか召喚して、のちのち大きな問題にならないといいけど。

と、その時唐突にコンコンとノックの音がなった。私は席を立ち誰何する。胸騒ぎがするなあもう。
「どなたでございますか? ここは姫宮家のプライベートルームですよ。御用の方はあらかじめ面会の許可を取ってください。」
ややきつめの口調で応対する。キャサリン様が甘く見られないようにするためでもある。だが、そんな私の意思を無視するかのようにドアノブをガチャガチャさせる無礼な客人。
「ちょっと!どこの誰だか知りませんが、姫宮公爵家のご息女様のお部屋と知っての狼藉ですか!? いい加減にしないと、」
私のセリフが言い終わらないうちにドアが開いてしまった。マスターキーを使ったらしい。これは厄介だ。マスターキーを持っているとなると、旧校舎の責任者の許可を取っていることと同義。嫌な予感しかないな。
「特風委員会の大野という者です。お分かりかと思いますが、今日の姫宮様の魔法使用の件でお話があります。」
どこかで聞いたことがある女の子の声だ。というか、この顔どこかで見たような。

「このお部屋はお嬢様のプライベートルームですよ? 部外者の入室は固くお断りです。」
間違いなく厄介事を持ち込んできたに違いない。できればお嬢様に会わせずに追い払いたいところだ。だが、彼女は臆することもなく二の矢を放ってくる。

「入室の許可はすでにとってあります。」
あ、思い出した。千条の取り巻きの一人だよこの人。
「許可とは不思議ですね。お嬢様はそんな許可を与えていないはずです」
「ここに旧校舎代表者である千条様のサインがあるでしょう。」
すかさず彼女は書類を突き出し、指で千条のサインを指し示して言った。千条かあああ。特風委員会のトップを自分の傍にはべらせていたのね。これは、厄介だ。

「あの、一応申し上げておきますが、ここで私を拒絶すれば、姫宮様は一度も弁解の機会を与えられずに処分が決定されてしまいますよ?あなたは、それでもいいのですか? 主人の利益を守るのが家来の勤めではないのですか?」

ぐぬぬ。悪辣な脅迫だ。でも、子供の使いじゃあるまいし、ここで引き下がるほどやわじゃないよ。
「処分ですか。しかし、所詮は学生が決める処分でしょう?学園側がお嬢様の処分を承認するわけないじゃないですか。姫宮家は、島一つ買ってもお釣りで豪邸が買えるくらいの寄付を学園にしていますからね。第一、お嬢様には、処分を受ける理由がありません。」
「処分をするかしないかは、私たちが決めることです。確かに、学園側の最終的な了解は必要ですが、これはほとんど形式的なものなのですよ。私たち生徒には大幅な自治が認められていますからね。」

「憂、もういいよ。お客様をお通しして。」
門前払い失敗か。申し訳ございませぬお嬢様。お嬢様の声を聞くやいなや、彼女はするっと私のそばを通り抜ける。そして、単刀直入に言い放つ。

「姫宮様、あなたが引き起こした午後の不祥事についてなにか弁解はありますか?」
「不祥事?それは不思議。私には全然身に覚えがないね。」
「訴えが届いているのですよ。証拠の写真付きで。言い逃れはできませんよ。あなたは、危険な生物を召喚して生徒2名に危害を加えようとした。なんなんですかこれは。」

学園内の廊下で、例の大蛇が生徒二人を威嚇している写真だ。しかもご丁寧に、吐き出された子牛が横たわっている姿まで写っている。シュールだ。

「なんなんですかって・・・」
あんたばかあ?、と言いたげなちょっとうんざりした目で言葉を紡ぐキャサリンお嬢様。
「アナコンダだよ。動物界脊索動物門爬虫類有鱗目ボア科アナコンダ属に分類されるヘビ。最も重い蛇の一種で、水が大好きで、獲物を長い体で絞め殺し」

「だからっ!」
意図的に議論を噛み合わせないお嬢様の態度に立腹する千条の手先。
「なんでこんな危険なものを召喚したのかと伺っているのです!被害を受けた生徒は大変な恐怖を感じたと言っているのですよ!?」

「懲罰のためだよ。」
「懲罰? これは妙な話ですね。あのお二人は何か悪いことでもしていたのですか?」
「生徒一人を常習的にいじめているの。しかも、かなり卑劣なやり口でね。今日も、偶然いじめられている場面を目撃したから、私が助けた。それだけの話だよ。」
「ますます妙ですね。訴えによると、お弁当を運んでいた生徒一名が転んだ姿を見たので、ふたりが介抱していたところ、いきなり狂った蒸気機関車のように姫宮様が突進。あげく、大蛇をけしかけられたとなっていますよ。」

「あんた、それ、本気で信じているの?」
心底、呆れた顔でお嬢様は嘆いてみせた。

「ていうか、そもそも論としてさ、学園内の治安を護るとか言っておきながら、なんでこんなわかりやすいいじめを放置しているのよ。あなたたち?」

「そう言われましても、私にはそんな報告来てませんし。」
「あらそう? できれば、報告が上がるのを待ってから動くのではなく、自分から生徒の動向に関心を持って欲しいわ。そうすれば、少なくとも今回のようないじめは防げるはずよ。私から言いたいのはそれだけ。」

「でも、仮に姫宮様の話が本当だとしても、私的制裁はダメですよ。きちんと、教員か私たちに報告してしかるべき手続きを」
「だからっ!」
お嬢様は、かなりイライラした調子で、身を乗り出して反論し、
「あなたたちに任せておいたら、いじめがエスカレートしちゃうのよ!どうせあなたたち、公正な手続きを盾にとっていじめっ子の言い分も聞くんでしょ!?」
「それは、当然です。お互いの言い分を十分に聞き、もちろん周りの人の証言も聞き、非がある方には、厳正な手続きを踏み、厳正な処分が下されます。秩序とはそういうものです!どなたであっても、私刑は、絶対に認めませんよ。」
「あなたたちのやり方じゃ、遅すぎるの!被害者が学校に通えなくなってからでは取り返しがつかないでしょう。それに、ちょっと脅しただけで本当に危害なんて加えないよ。」

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はあ、と客人のほうは疲れたような大きなため息をつき、
「そうですか、姫宮様の了見は十分に分かりましたよ。とにかく、お話していただきありがとうございました。いじめ疑惑の件はきちんと精査しますので、以後勝手な真似は謹んでくださいよ?いいですね、約束ですよ?」

「ダメだね。もし一恋ちゃんがいじめられていたら、私のやることは変わらないよ。」
「ですからっ」
大野は、若干苛立たしげに反論して
「もしお約束いただけないと、大事になるのですよ。もし今日のような出来事が再び起これば、私は、懲罰委員会に通報しなきゃいけなくなるのですよ。」
「通報すればいいじゃない?」
「そうしたら、懲罰委員会は姫宮様の処分を決めなきゃいけません。でも、学園に有形無形のご支援をしていただいている姫宮様の処分には教師陣も抵抗するでしょう。そうなると、懲罰委員会、つまり生徒側と教師側でガチで喧嘩しなきゃいけなくなります。」
「あたしは、そんなことまでは知らないよ。勝手にすればいいじゃない。」
「いえ、これはそんなに軽い話じゃないので・・・」
大野が言い終わる前に、突然大野の携帯が鳴った。
「あ、失礼します。」
そそくさと、部屋の隅に移動する大野。
「千条さま、お待たせして済みません。はい。ご命令どおり、今姫宮様に事情聴取しています。ええ!私に客人ですか!? ああ、そのいじめの話でしたら確かに姫宮様もおっしゃってましたね。はい。はい。そうですね、みんなと一緒に話し合ったほうがてっとり早いかもしれませんね。はい、では許可が取れ次第折り返し電話します。では、失礼します。」
「千条さんから電話?」
「そうです。菫さんが私に会うために千条様のお部屋を訪ねてきたらしいです。一恋様のいじめのことでどうしても力を貸してほしいということだそうです。証拠写真やいじめの詳細な記録もいっしょにお持ちになられたようです。」
流石未来の生徒会長候補。ぬかりがないというか。お嬢様のように気合で突っ走るアプローチも悪くはないけど、きちんと証拠を揃えて頼るべきところに頼るのが王道かもしれない。ただ、裏を返せば、教師や生徒会に訴えても無駄ということになってしまうが、そういう学園の風土も含めて菫さんは変えていきたいのだと思う。

「そこで、相談ですが、もしよろしければ、このお部屋か千条様のお部屋で、非公式にいじめ検証委員会を開きたいのですが。」
「うん、問題ないよ。この部屋を使ってもいい。」
「そうですか。ありがとうございます」

その後、大野は千条にお嬢様の許可を報告し、姫宮、千条、大野、四十園、の四人で会合がもたれることになった。

・・・



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千条派閥

・・・
気のせいだろうか、お嬢様のお部屋にいらっしゃったのは控えめに見ても10人以上はいるような気がする。四人だけの会合じゃなかったのか。ってまずいまずまずいこれはまずいぞ。お茶菓子が足りないなんてことになったら姫宮家の尊厳に関わる問題だ。足りるかなー不安だよ。

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「では、姫宮さんや菫さんにとっては初対面の人もいると思うので各自簡単に自己紹介していこう。」

嫌なことに、千条が当然のように仕切り始めている。なんだか不安になってきた。これでは間違いなく千条のペースで会議が進むだろう。お嬢様に派閥なし。菫さんは今回は千条に頼っている立場だ。

「自己紹介はいいけど、その前に質問があるわ。」
お嬢様が眉間にしわを寄せて発言する。口調にいらだちがこもっている。
「何か?」
千条が小首をかしげる。
「こんなに大勢で押しかけるなんて聞いてないんですけど。」
当然の質問をする。
「ヘルプの数は多いほうがいいだろう?ここには多種多様な人材が来ている。どこでどんな人が役に立つか分からないぞ?」
「うーん。」
そういうふうに言われると反論しづらい。いじめ問題が解決に向かうのならば別にいいのか?

自己紹介のシーンは煩雑になるのでざっくり私が要約しよう。

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まず特筆すべきは、特風委員の大野、懲罰委員の片桐、生徒会庶務の羽柴。この三人は千条の最側近のようだ。体に例えれば、千条の頭。

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次に、電脳部員の後藤、真田、明石。この三人は、千条の広報を担当。ホームページで千条派閥の日々の活動を発信しているようだ。いわば千条の口。

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また、探偵部員の毛利、吉川、小早川は盗聴・盗撮スキルに定評があるらしい。つまり情報収集を担当。いわば千条の目と耳。

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戦闘部の福島、加藤は、ボディーガードみたいなものか。身体能力が高く、格闘にもたしなんでいるという。いわば千条の腕と足。ちなみに、肉体労働ができる人材は、女性しかいないこの学園の中では重宝されるという。また、部活では、菫さんの後輩にあたるので、千条派閥とのパイプ役としても重要だろう。

驚いたな、この部屋には、千条も合わせて、12人の派閥メンバがいる。これでもまだ派閥の半分にもならないというのだ。まあもっとも、派閥メンバもいろいろな思惑があってここに来たり来なかったりで、一枚岩ではないらしいが、それはまた別の機会に話そう。

「うむ。各自自己紹介が終わったところで本題に入ろう。議事進行は、僭越ながらこの千条が引き受けよう。」
「異議なーし!!!」

さっそく千条派閥の全てのメンバが賛意を表明する。まるで、迅速かつ大きな声で賛意を示すことが忠誠の証になるとでも言わんばかりの空気だ。菫さんは若干苦笑している。茶番に付き合わされる形になったお嬢様は不機嫌そうだ。

私が思うに、いろいろな都合を各自持っている中で、千条の唐突な呼びかけで急遽集まったこのメンバは、忠誠度の比較的高い人たちと見て良いのではないだろうか。もっとも、どうしても外せない都合をもっと人もいるだろうし、たまたま何もすることがなかった人もいるだろうから、今日この時の出欠をもって判断するのは早計だが。

「では、まず手元に配布されている資料を見て欲しい。あ、もしない者がいれば遠慮なく言い給え。いいか?でははじめるぞ。この資料は菫さんが作成したいじめの記録だ。一恋さんがいじめられた日時、内容が書かれている。尚、加害者は秋山、栗林の2名。この中で、もし自分が直接目撃したいじめがあれば、チャックを付けて提出して欲しい。噂で聞いただけじゃダメだゾ?あくまでも目撃した場合だけチェックをいれてな。」

まずは事実関係の調査からか。手堅いな千条。伊達に派閥のトップをしていない。調査結果はすぐに明らかにされた。15件のいじめのうち8件については、最低一人以上の目撃者がいる。生徒数は各クラス20人×8クラス×3学年=480人。そのうちの姫宮様合わせて13人の生徒のいずれかは、15件の疑いのあるいじめについて8件はあると認定したことになる。もちろん、菫さんがすべて目撃したいじめなので、この8件については最低二人の目撃者を確保したことと同義だ。

いじめの内容は、足掛け、上履きにジャムを放り込む、机に落書きされる、教室に鍵をかけて閉じ込める、などなど悪質なものばかり。これをもって、

「以上の調査結果から、我が千条派閥では、一恋さんが秋山、栗林、両名により日常的にいじめられていることを認定する。」
「異議なし!」

「大野」
「はい。」
「特風委員として懲罰委員会にこの報告書を提出して欲しい。」
「承りました。」
「片桐」
「はい。」
「大野から報告が来るまでの閒、二人に与えるべき懲罰について熟考しておくように。」
「分かりました。」
「後藤」
「はっ!」
「大変な作業になって申し訳ないが、秋山、栗林両名の身辺を探って欲しい。後ろ盾がいないかどうかが特に気になる」
「善処します。」
「福島・加藤」
「うっす。」
「一恋さんに張り付いて彼女を守って欲しい。ただし、手荒な真似はするな。」
「了解っす!」「合点承知!」
「それから、各自、ネットの学園裏サイトを利用して今回のいじめ問題について千条が激怒しているという噂を流して欲しい。」
「分かりました!」

違和感があるとすれば、学園内では公的な資格を一切持たない千条が学園内で公的な資格のある者に命令できる点である。これがまかり通ると、学園の公的な人材を千条が自由自在に私的に利用できてしまうことになる。今だって、そうだ。教師側の怠慢と一般生徒の無関心によって卑劣ないじめがまかり通っている現状に、千条が敢然と立ち向かう。このかっこよさが幸いして、千条の行き過ぎた学園側への干渉が見えにくくなっていいる。

もちろん、お嬢様のように、いじめは絶対に悪だ、この絶対悪を取り除くのに段取りなんてどうだっていい、という考えもあるだろう。もしかしたら、千条はお嬢様とは別の意味で目的至上主義なのかもしれない。

「あの、ひとつだけよろしいでしょうか?」
「ああ、菫さん。おいてけぼりにして済まなかった。遠慮なく発言を」
「一恋は言うまでもなく心に深い傷を負っています。差し出がましいようですが、臨床心理専門の人がいれば、力になって欲しいです。」
「あ、」
千条は、うっかりしていた、といった表情で
「臨床心理専門の木下は・・・今日は欠席か。」

一専多能主義を教育目標に掲げる本学園では、高度な専門性を持たない生徒の入学は認められない。ちなみに、多能とは、主要5教科である。つまりオタク気質の専門バカも入学は許されない。高度な教養に裏打ちされた高い専門性にこそ価値があるという考えだ。

「木下さんは研究のために欠席です。」
生徒会庶務の羽柴が報告する。出欠は羽柴に報告することになっているらしい。

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(木下さんは、普段から格別に贔屓されているのに欠席するなんて・・・)といった声があちこちから聞かれるが、千条のこの会合こそプライベートなものなのだから、木下さんこそ普通の対応のはずだ。

「相分かった。一恋さんに心のケアが必要になった場合は私が担当しよう。」
「えええ~!?」
千条の意外過ぎる発言に驚きの声が複数上がる。
「心外だな。私の専門は精神医学だぞ。しかも、臨床心理とは違い薬の投薬も認められている。私以外にこの任に相応しい者はおるまい。もちろん、木下にも迷惑にならない程度に協力してもらうがな。」

「千条様が直接ケアしていただくのなら、これ以上の話はありません。」
「ほら、菫さんも安心しているではないか。これで決まりだな。」

心のケアにまで、話が進み、もうそろそろお開きになるかな、という会議の終わりを予感させる弛緩した空気が流れていたところで、お嬢様の発言が飛んだ。

「私からも一ついいですかあ、千条様あ」
貴族最高位のお嬢様が千条を様付して呼ぶ義理はないはずだが、自分を無視した会議の流れによほどムカついていたのだろう。慇懃無礼な言葉使いになっている。

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周囲の子の反応は、そういえば姫宮さんもいたっけ、とか、あーもう帰りが遅くなるじゃない、とかあまり歓迎する雰囲気じゃない。
「もちろん、姫宮さんの意見も大歓迎だ。どうか、率直なご意見を賜りたい。」
さすがに、千条は失礼のない受け答えをした。

「では、遠慮なく。もし、今日の会議の結果を大野さんが特風委員会に持ち帰ったとして、委員会は速やかに懲罰委員会に通報しますか?」
「大野、どうなんだ?」
「私は特風委員長なので、本件を優先的に議題にかけられる立場です。もっとも、第一優先事項にしてしまうと、いかにも千条派閥の意向を優先しすぎる印象を他の委員にあたえてしまうので慎重にタイミングを見極めますが、一両日中には提案します。」
「じゃあ、提案したらすぐに懲罰委員会にいじめの報告が上がるの?」
「いえ、提案後、多数決で決まります。委員は9名で構成されているので5名以上の賛成が必要です。ですが、本件の場合、菫さんの完璧な資料及び多数の証言もありますのでまず間違いなく懲罰委員会に本件は送付されるでしょう。遅くとも、今週末までには上げてしまえるでしょう。」
「今週末?意外にかかるのね。で、懲罰委員会は、速やかに懲戒手続きをを取れるのかしら?」
「片桐、説明してやれ。」
「いえ、懲戒処分は慎重に精査されます。加害者の弁解も聞かなければなりません。過去の前例を集めて、類似の事例から、懲罰の内容を決めます。最終的には多数決ですね。懲罰委員会は、私を含め常任委員4名と生徒会長、副会長、会計、書記、庶務、つまり羽柴さんですね、の合計9人で構成されます。5名以上の賛成でもって、教師側に当該生徒の懲罰手続きを勧告できます。」
「勧告できるまでどれくらいかかりそう?」
「重い懲戒処分の場合はとても慎重に行うことになるので、まあ一ヶ月は見て欲しいです。」

「おーそーすーぎーるー!」
ブチ切れるお嬢様。オーバーリアクションに天を仰いで見せる。
「そんな処分が決定されるまで恋ちゃんはいじめに耐えなきゃいけないの? だったら、私は今までどおり勝手に恋ちゃんを守るよ!」
「だから、私刑はダメですってば!」
何度、同じことを言わせるんですかといわんばかりの口調で大野が反論すした上で、
「それに、学校内では、福島さんや加藤さんが監視しますから。」
「でも、四六時中つきっきりって訳にはいかないでしょう。ねえ、福島さん。加藤さん。」
お嬢様が尋ねると、指名された両名はバツが悪そうに、
「あーえっと。うちら、部活で朝練とかもやっているんで、流石にずっとは無理っすね。あ、でもいじめを見かけら守るっすよ。」
「話にならないよっ! それじゃあ今までとほとんど変わらないじゅあないっ。」
激昂するお嬢様。周りの子も、そもそもわたしら協力してやる方なのになんで説教されなきゃいけないわけ?とか、そもそもこんなのにうちの派閥が協力して何の得があるのよ、という声も聞かれ、場の空気が険悪化し始めた。

「あーわかったわかった。少しみんな冷静になり給え。」
ヒートアップの兆しを見せた議論のクールダウンを計る千条。
「後藤、真田、明石」
電脳部員三人衆が今日初めての指名を受けた。
「千条派閥30余名全員に通達。内容は、今後、一恋さんのいじめを見かけたものは速やかに派閥メンバ全員に情報を伝達するように。報告を受けたメンバは不急不要の用事がない場合は速やかに現場に急行し一恋さんを保護して欲しい。」
「分かりました!」
余名、ということは派閥についているかどうか微妙な生徒がいるからだろう。それでも30名の協力はかなり大きい。かなり踏み込んだ発言だ。
「それから、加害者2名は、学生としての本分に著しく反したので、改善の見込みが見られるまで今後旧校舎への立ち入りを禁止する!」
おおう!という歓声の声が上がった。貴族のプライベート空間である旧校舎で何をしようが新校舎側は一切手が出せない。旧校舎の代表である千条だけができる芸当だ。さすが、千条、パチパチパチ(←拍手)なのだが、そうは問屋が卸さない。

・・・



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ブラックあずにゃんさんのTwitterによる寄稿のライトノベルです。
絵:きゃさりん

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もともとは上記ブログで紹介させていただいていたのですが、最新記事から降順では読みづらいため、こちらに読みやすくまとめてみました。

最新記事も上記ブログで読むことができます。

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