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役員懇談会

「あいり!紅茶を淹れて頂戴。」
「はい、ただいま。」

再び自室に戻った私は、窓を開け放ち、地下の澱んだ空気でいっぱいになった自らの肺に新鮮な空気を送り込んだ。窓を開けた瞬間、月光が部屋を刺す。そっかあ、もう夜か。地下にずっと居ると時間の感覚がおかしくなるね。月の光は私の髪に触れると光の粒子を放つ。本当は裸身を晒すと、体全体が月の光に覆われ粒子のベールで包まれるという神秘的な絵をあいりに提供することになるけど、あいにく私に露出狂の趣味は無い。

「うららお姉さま、お腹減っていませんか?」
「えっ、そうねえ、空腹であることは否めないわね。」

うららの姉の相手を長時間するのは精神的にとても疲労するから、とはもちろん言わない。けど、言わなくてもそのへんの機微はあいりはよく理解している。だから、
「よかったら、ご一緒にサンドイッチでもつまみませんか?私も今から夕食にしようと思っていたところなんですよ。」

嬉々として提案するあいり。いや、ありがたいな。実際、夜の夜中に、お金さえ払ってくれれば誰でもいい誰かのために調理された仕出し弁当を食べるよりも、私のためにと想ってあいりが作ってくれたサンドイッチをあいりと二人で食べたほうが格段に幸福だ。

「あら、魅力的なお話ね。喜んでご馳走になるわ。いつもありがとう。あいり、感謝しているわ。」
「感謝だなんて、そんな。私に出来ることといったらこれくらいしかありませんから。

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「ときに、あいり。最近アル操さんのご様子が見えないのだけれど、何か知ってない?」
生徒会会計を務めるアル操さんは、最近姿を見せない。なんでも自分の研究が忙しくて生徒会の雑務にまで手が回らないという。もっとも、手が回ったとしても、枢密学校のお金の流れは全てあいりの姉たる福山みゆき生徒会副会長がすべて掌握しているので何もすることがない。
「アル操さんは、最近精力的に研究活動しているご様子です。なんでも人口減少対策の起爆剤になりそうな研究成果が出そうだとか。」
「それは、素晴らしいことね。その研究は男の子が生まれる可能性を増やすものなのかしら?」
女の子ばかりが生まれてくるこの時代では、人口が目減りする一方。人口減少対策は喫緊の課題だ。
「いえ、子供の絶対数を増やすアプローチだそうです。」
そうか。でも絶対数を増やすだけでは意味がないんじゃないかな。男の子の数と女の子の数のバランスは後者に偏る一方なので早急に是正しなければ人類の衰退は免れない。
「人体に影響を及ぼすような結果にならないといいけど。やはり私は賛成できないわ。」
「どうしてですか?」
「薬のようなもので子供の数を増やすのは自然の摂理に反するものだもの。そんなことをするくらいなら早急に一夫多妻制に移行すべきだわ。これは政治イシュー(問題)だよ。」
「でも、一夫多妻制だって自然の摂理に反しませんか?」
「それは大いなる誤解だよ。猿を見てごらんなさい。ボスザルがメスを独占してるじゃない。」
「あいりはそういうの嫌です。」
あいりにしてはめずらしく自分の意見をきっぱりと表明した。あいりのような純粋な女の子にとって男が快楽を無制限に享受することを法律で許してしまうような世界に拭いがたい嫌悪感を感じてしまうようだ。実際のところ私も嫌だ。嫁同士の嫉妬。腹違いの子供同士のいがみ合い。想定されるリスクは小さくない。
「あいりは、そういうハーレム制度が認められたら、女の子と結婚します!」
女の絶対数が多いこの世の中では女性同士の婚姻はむしろ推奨されている。逆は大罪。男同士の結婚は、人間の頭数をとにかく増やさなければいけないこの時代では許されない。
「まあ、男の子と結婚出来るだけで超がつくほどの勝ち組と言われるこのご時勢だもの。普通に生きてたらパートナーは女の子同士になるよね。うん。」
「そう・・・ですよねえ。あのおうららお姉様はどんな人をパートナーに欲しいですか?」
なぜかあいりは体をもじもじさせている。確かにこそばゆい話題だ。

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「そうね、とりたてて好みはないけれど、友達として楽しく付き合える人がいいわね。」
「と、友達ですか?あいりは恋愛のタイプを聞いているのですが。」
いかにも腑に落ちない表情のあいり。これは説明が必要だろう。
「恋愛といっても、その核心にあるのは友情だと私は思うのよね。」
「つまり、友情が発展した先に恋愛があるということですか?」
「そうね、いえ、それが恋愛のあるべき形じゃないかもしれないけど、普通の人は恋愛と友情は分けて考えるのかもしれないけど、私は友情の発展形に恋愛があるべきだと思うわ。」
「どうしてですか? 一目惚れとか、私、男の子をみて、初めてあった子でも、胸がかあっと熱くなった瞬間がありました。こういうのは、恋にはならないのですか。」
「言ったでしょう。私の考えは普通からは外れるって。あいりの言うような情熱も、男の子が感じる情欲も、恋愛感情の一種かもしれない。でもね、そういう熱い感情は長続きしないと思うのよ。いつかは醒める。そうなった時に、友情関係がベースにあれば仲良くし続けることもできるけど、それがなかったら一緒にいても苦痛なだけだと思わない?」
「あ・・・。」
「だから、私は生涯のパートナーは友達として楽しく過ごせるかで決めたいのよ。」
「なるほどです。でも、ううん・・・」
どうやら、あいりは私の言うことをうまく消化しきれないようだ。無理もない。こういう価値観の問題は他人に押し付けるものではないからだ。
「あいりにはあいりの考えがあっていいと思うし、私に合わせる必要はないよ?」
「はい・・・。私は、恋愛というのはもっと情熱的なもので、刹那的なもので感情的なものだと思います。将来の打算で相手を選ぶとしたらそれは違うと思います。」
「違うとしたら・・・何?」
「それは、恋愛ではなく、取引です。私、恋愛まで取引にするのは嫌です。」
ええと、なんだか私が責められているような気がして嫌な汗が背中を伝わった。
「言わずもがなのことを確認するけど、私が言っているのは取引じゃないよ?確かに、刹那の関係ではなく長いスパンで考えるという意味では、将来のことを考えているけど、決して打算的な恋愛を奨励しているわけではないわ。」
「あ、はい。それはわかります。うららお姉様の恋愛観を取引というのは言いすぎなのはわかります。でも、本当の恋愛というのは、なんでしょう。もっと、なんというか、突然なる電話のようなもので頭で考える余裕が与えられないものだと思うのですよ。」
「ううん・・・」
今度は私が考え込む番になってしまった。突然なる電話かあ。確かに電話は突然なるものだ。予測するのは不可能。あいりは、恋愛はいつ始まるかわからない、予測不可能なもので、従って頭で考えて準備する余地のないものだと言いたいわけか。まずは友達から初めてゆっくりととろ火でお湯を沸かすように愛を育み恋愛関係に仕上げる、というわたしの恋愛観とは一線を画するものだ。
「私から忠告するとすれば、あいりには一時の感情に流されてあとで後悔するようなことにならないで欲しいわ。」
「私は、うららお姉さまが、本当の恋愛をしないで一生を終えてしまわないか心配です。」

ざっくり言うと、私の恋愛観はロジック重視だ。パートナー候補を調査・研究し末永く一緒に居られそうかじっくりと頭で考える打算的な恋愛だ。それに対して、あいりの恋愛観はパトス重視。惚れてしまったら仕方がないでしょう?という情熱重視の恋愛観だ。

「ただ、」
私は話を続けた。
「私も人間だから、感情をもつ生き物だから、何かの拍子であいりのいうような恋愛をしてしまう可能性も決して0ではないと思うわ。」
「ですよね! その時は私歓迎しますわ!!」
まあ、このまま会話を終えたら喧嘩別れみたいになってしまう。スポンサーである福山家の家族の不興を買うのは得策ではないし、それを抜きにしても、いつもお世話になっているあいりに悪い。だから、私のほうが多少譲歩して話を終えるのが賢い女というのものだろう。

などと、打算的なことばかり考えている自分に自己嫌悪の念を強めるとともに、この調子ではあいりの言うパトス型の恋愛など当分できそうにないなと思ってしまった。

「ふう、美味しかった。」
「お粗末さまでした。」
食後のあとにゆったりとした時間が流れた。熱い紅茶は高ぶった神経を癒してくれる気がする。今日は、疲労困憊しているのでかなり眠くなってきた。まぶたが重い。うとうととまどろみ始めたそのとき、無粋な声がゆったりとしたクリーム色の空気を真っ青に切り裂いた。

「入るわよ!」

「みゆきお姉さま!?まだいらしたのですか?」

ああ・・・。今日はもうこれ以上気は使いたくなかったのに。来ちゃったよ、副会長閣下が。
「あら、随分な言葉じゃない、あいり。私はこの枢密学校の事実上の最高責任者よ?学校のますますの発展と生徒の健やかな毎日を祈らない日々はないの。それとも何? 私なんていてもいなくても関係ないと言いたいの?実の妹にそんなふうに思われてるなんて、悲しいわ。悲しすぎて胸がとても痛むわ。涙が出ちゃいそう。」

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うわあ・・・。何この嫌な責め方。べつにあいりは何も悪いこと言ってないのに。せっかく空腹をでお腹を満たし、あいりとのおしゃべりで心を満たしたのに、帳消しになっちゃった気分。どっと疲れが出た。

「あいりだけは、ほかの人とは違って、私の味方だと思っていたのに、全部私の勘違いだったんだ。」
「お姉さま、あいりは別にそんなつもりでお尋ねしたのではなく、」
「弁解はしないでちょうだい。」
ああもう、こういってはなんだけど、思い込みの激しいめんどくさい女だ。
「みゆきさん。そんな言いがかりはやめてはどうですか? あなたはこの学校の頂点に君臨する立場です。で、あるならば、言動にもそれにふさわしい品格が求められるはずです。大変失礼な言い方をお許しいただければ、今あのあなたはあいりに八つ当たりしているだけにしか思えません。」

「これは・・・」
上官に対して公然と反逆する兵士をみるような、信じられないといった目つきで私を見つめるみゆきさん。
「うららお姉さま。どうか、そんなことは言わないでください。あいりが悪いんです。あいりが、その、お姉様のお気持ちをくめなかったのがいけなかったのです。」
姉の機嫌が余計に悪くなることを恐れたのか、あいりは姉をかばう。しかし、あいりのためにもここは毅然とした態度を貫いたほうがいいだろう。
「あいり、姉だからといってそこまで気を使う必要はないよ。それから、みゆきさん。八つ当たりなどというみっともないことはやめて、気に入らないことがあったのならぜひおっしゃってください。」

「はあ・・・」
大きなため息をついてうつむく福山さん。どうやら、言動が行き過ぎているという自覚はあったようだ。だが、そのあとの沈黙が長い。長い沈黙には耐えられず、こちらから話を振りたくなる衝動をぐっとこらえる。ノイズのない福山さんの本音は、彼女のタイミングに合わせなければ発露されないことを知っているからだ。

「アル・・・操さん。」
「え?」
聞き間違いでなければ、アル操さんという声が私の耳に届いたはずだが、いかんせん声が小さい。

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「アル操さんが見つからないの。」
「それは・・・」

確かによくない情報だ。アル操さんはお金の流れを管理する会計という要職。もちろん、実際のお金の流れは福山生徒会副会長が掌握している。とはいえ、アル操さんのサインをいただかなければ動かせない案件も当然ある。また、それはぬきにしても、

「アル操さんにはきちんと研究成果を報告してもらわないと困るのよ。」
先の選挙戦で自由競争の理想を掲げて勝ち抜いた私たち執行部は、一番下の成績の集団に与えていたベーシックインカム20万円を10万円に格下げし、浮いたお金を上位の学生に優先的に振り分けるという大改革を断行した。結果、利権に溢れた学生のほとんどは千条様のもとに集結するという事態になったのだ。

「詳細は存じ上げませんが、アル操さんには多額の研究予算を渡していますよね?」
「そうなのよ。人口減少対策の起爆剤になる研究にね。みんなも知っての通り、人口減少は人類が生き延びるためには絶対に行わければならない研究だから、かなり野心的な額の研究費を認めてあげたの。」
「具体的にはいくらくらいですか?」
「・・・月300万円」

そんなお金があるならこっちにもくださいよ!

(私の研究予算の6倍じゃないでか。もし、私がそれだけ頂いておれば、単発銃じゃなくて複数の弾丸の装弾が可能な魔法銃の研究に着手できますよ!)
ま、私の話は抜きにしても、成績劣等生の生徒から巻き上げたお金を原資にしたアル操さんの研究は、実は何も成果が出ませんでした。とは絶対に公言できない。公言したら、現執行部は持たないだろう。みゆきさんが狂ったように悩むのも当然だ。

「300万円ですか。そのくらいの大金になれば、研究成果の進捗情報は逐一報告していただかないと困りますね。」
「ええ。先月まではきちんと報告があったのに、今月は全然報告がないの。電話してもメールしても捕まらないし。直接研究室を訪問しても、機密事項が漏れるから第一位当選者様でもお通しできません、と研究生から言われてしまったの。」

機密事項・・・。まあ、国家の命運がかかっている研究だから道理ではある。私の研究である魔法銃だって機密事項に指定されその研究成果は限られた人にしか公表されない。が、しかし
「一応道理ではありますが、執行部の最高責任者にまで情報が与えられないというのは通常ありえないと思いますよ?現に、私の魔法銃の研究でさえ、国の存亡がかかっていますが、きちんと情報は執行部と共有してますし。」
「私もそれくらいの抗議はしたわよ。でも、お通しできませんの一点張りなのよね。困ったわ。」
「困りましたね。ほんとうに。」

困ったことに福山さんを支えるメンバーは決して健気ではない。むしろ虎視眈々と自分たちの利権を拡大させようとする人の方が多い。この点では、仲間を大事にし、人情味あふれる千条派閥とはまるで違う。

成績下位層のベーシックインカムを半分に削減してまで捻出した研究が、実はどんな研究か分かりませんでは、次の定例生徒総会は荒れるだろう。現時点では、成績下位層で封じ込められている執行部への不満が他の層にも波及しかねない。実際、いい加減な予算の使い方をしたことがばれたら上位層も黙認はしないだろう。これをチャンスとばかりに執行部への不信任案が出されるかもしれない。そして、万一、不信任案が可決されたら、私は自らの資金源を断たれ、研究が宙に浮いてしまうかもしれない。

また、不信任案に反対する見返りに、成績上位層が人事権と予算の掌握を求めてくるケースもある。つまり、執行部をレームダック(死に体)にして上位層が影で操るような体制に移行させられるかもしれない。この場合でも、私の資金源は今までのようには確保されない。

早く動かなければ取り返しのつかないことになる!

「早急にアル操さんの身柄を確保しましょう。そして、この場で研究成果を報告できない事情を報告させましょう。」
「どうやってよ?」
「ですから、特風委員会の委員長である大野さんに、って、ああっ!!」
彼女は千条派閥の人間だった!
「ようやく気づいたようね。今特風委員会を動かしてアル操さんの身柄を確保したら、福山派閥の内部で深刻な問題が発生していることを敵に教えるようなものよ。」

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「では、信頼できる私たちの手勢だけで動きましょう。私の研究室の学生二名にアル操さん捜索の任務を与えます。」
「悪いわね、あなたにも重要な研究テーマがるのに、貴重な人員を割いてもらって。では、私も二名・・・」
福山さんは、二名、と言いかけたところでちょっと考え込んでいる
「いえ、4名にアル操さん捜索の任務を与えるわ。」
今の逡巡は、リーダーの自分はより多くの痛みを引き受けなければならないのではないかという苦悩があったのだろう。
「あいり! あなたのところからも一人貸しなさい!」
ただし、妹には遠慮がない。
「はい、分かりました。」
と今日も健気な妹を演じるあいり。いつか不満が爆発しないといいが。

正直な話、捜査のプロである特風委員会10名に頼ったほうが、素人捜索隊7名よりも迅速かつ確実な結果が出ることは言うまでもない。だが、繰り返にしなるが、特風委員会のトップが千条派閥の大野さんである以上、本件のような事案では頼れない。千条様は、自分の派閥は誰でもウェルカムと公言しその寛容性をアピールしているが、、他方で組織の急所になる人材は確実に自分の懐に取り込むというしたたかな一面もある。

「一応、これでアル操さんの件についてはめどが立ったし、今日はこれで解散にしましょう。」
ああ、よかったー。やっと解放される。と思った刹那、コンコンというノックの音が響いた。

「こんな夜中に何のご用?」
こんな夜中に、という言葉から若干のいらだちが見え隠れする。みゆきさんもさすがに疲れているのだ。
「至急、みゆき様に報告しなければならない事案が発生しました。入室と報告の許可を頂きく!」
シーンした夜の校舎に凛とした声はよく響きわたる。
「入りなさい。」
「失礼いたします。」

入室してきた子はすらりとした体躯で眼鏡をかけている。福山さんの腹心の一人だ。一瞬、私の姿をみてためらいの表情を浮かべたが、
「構わないわ、報告しなさい。」
「歴研の部長が千条様の派閥に寝返えりました。」
「それは、穏当ならざる事態ね!」
福山さんが何か言いかける前に私の方が反応してしまった。それほど驚愕すべき事案だったからだ。

歴史研究、略して歴研は、栄華を極めた過去文明のテクノロジーにアクセスしその英知を学び、衰退してしまった現代の人類社会の再興に寄与することが主な任務だ。発達した過去のテクノロジーを現代に復活させ民衆の生活を豊かにするという政策は、姫宮家により「恩恵革命」と命名され、この恩恵革命の加速化は身分の区別なく支持されている。

つまるところ、私たちの時代は自分たちの力では何も作れないので、過去に学び、使えそうなものを過去から探さなければならない。だから歴史研究とは、この恩恵革命の中核に位置する大事な研究分野なのだ。

実際に、私たち枢密学校の学生は、過去から発掘される様々なテクノロジーを取捨選択し現代社会に蘇らせている。このような仕事は、優秀であると同時に、若者特有の思考の柔軟性を駆使ししなければできない仕事だ。

したがって、枢密学校で行われている大半の研究は歴史事象の研究を抜きにしては成立しえず、歴史研究会は極めて重要なポジションにあるのだ。

「何人?」
何人?と言う福山さんの台詞はかなり間が抜けている。どういうことだ。
「歴研の部長に追随した部員は何人いるかと聞いているのよ?」

福山さんは含み笑いをしている。
「いえ、今のところ追随する学生はいません。」

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「重畳至極ね。」
えぇーそうは思いませんよ、みゆきさん。私は心の中で異議を唱える。
「あの部長、私の度重なる要望を無視し続け、あさっての研究ばかりするのだもの。大昔、この時代に神社があったとか寺があったとか、クリスマスがあったとか。民衆の生活向上に寄与しない研究なんてどうだっていいのよ。歴研の部員に根回しして追い出させたわ。私の裁量で歴研の部屋の一つをデザイン研究科に下げ渡すから、その失態を部員に追及させてね。」
「そ、それは。少しやり過ぎでは。」
控えめに抗議する。
「構わないわ。私たちは恩恵革命を加速化させる義務があるの。全ての民衆がお肉を食べ自動車に乗り高度な医療が受けられるような社会に戻さないといけないの。」
そこは否定しませんが。
「今の私たちに必要なのは即効性のある研究なの。過去の人間の文化の研究なんて私に言わせれば遊んでいるのと同じことだわ。」
「あの、詳細を報告させていただきますね。」
腹心の方は話を続けようとするが、
「あ、いいわ。お疲れ。下がっていいよ。」
「はい、では失礼いたします。」
ぺこりとお辞儀をしてさっと去っていく。古来より賢い家来とは主人に二度以上命令させないという。その意味では、彼女は主人の命令に忠実な「賢い」腹心だ。
「みゆきさん。顛末ぐらいは伺っておいた方がよろしかったのではありませんか?」
「大事なのは役に立たない部長が失脚したという事実よ。そこにどんなドラマがあったかなんて興味ないわ。」

歴研の部長が千条様のもとに走った。当然、部長は福山さんと千条様が対立関係にあるのは熟知しているのだから、彼女の行動は福山さんへの宣戦布告と同義。
気になるのは、どのような経緯で部長と千条様が接触しどのような話し合いがあったのか。その経緯をあらかじめ知っておけば私たちも対策が練られる。リスク管理ができる。部長の恨みがもし深かった場合、私たちは応分の覚悟をしておかないといけない。だから報告はきちんと受けるべきだ。

「さて、吉報も届いたし今度こそ解散にしましょう。」
私の懸念をよそに解散が宣言される。その刹那またしても静寂な校舎内にコンコンというノックの音が響いた。どうでもいいけど、このノックの音を聞くたびに私のライフが微減していくような気がする。

「どなたですか? 今日はもう遅いので急ぎの用でなければ明日にしてくださらないかしら?」
みゆきさんは間髪いれずに返答する。すると、
「奨学金の件についてお話したいことがあります。」
「奨学金か・・・軽微な話ではないわね・・・」
奨学金・・・優秀な学生に給付される一時金のことだ。枢密学校では毎月もらえるベーシックインカムのほかに、さまざまなコンペに優秀な成績を修めた生徒にたいしては一時金が支払われる決まりとなっている。ベーシックインカムは一年間の成果をもとに算定されるので能力ともらえるお金はほぼ正比例する一方、コンペの場合はその時の運や勢いで必ずしも能力の高い生徒が勝つとは限らない。

というか客人の声のトーンが静かなる怒りを秘めているように感じられるのは気のせいでしょうか。そして、今日の帰りがますます遅くなりそうな嫌な予感がしてきたよ。

「いいわ、お入りになって。」
「失礼いたします。」
入ってきたのは小柄な女の子だ。なかなかの容姿だが大分疲れが溜まっているせいか目に生気がない。こんな子がいったい奨学金の何に不満があるというのだろう。

「あいり、紅茶を淹れてさしあげなさい。」
今のセリフは私じゃなくてみゆきさんだ。

「さて、奨学金の件でお話があるようですが、詳細を伺ってもよろしくて?」
みゆきさんの言葉づかいは大分よそ行きのお嬢様っぽくなっている。私たちや腹心の方に対するのとはちがって丁寧だ。
「先日行われた教養コンペの結果が納得いたしかねます。なぜ、最高得点をマークした私が二位で二番目の得点をマークした子が優勝したことになっているのですか? 何かの間違いではないですか?」

ああ・・・そういえばそんなコンペもあったっけ。教養系試験だけで勝負するコンペのことで、専門分野に長けていない生徒が毎年エントリーするらしい。ただ、魔法銃という圧倒的な得意分野のある私にはあまり関心が無い話だ。

「いいえ、間違いではありませんわ。私の裁量で間違いなくあなたを二位にました。」
「どうしてですか!? なぜ最高得点の私が二位になるんですか? 納得できませんよ!」

たった今、静かなる怒りはホットな怒りに変換された。当然だ。

「確かに、コンペの結果ではあなたの方が二点だけ、二位の人を上回っていました。ですが、教養分野の過去の成績を検討した結果、二位の子の方があなたよりも格段に成績が良かったのです。したがって、公平性の観点からコンペの結果だけで順位をつけるのは著しく合理性に欠けると」

「でも、例年コンペの順位がそのまま順位になってたじゃないですかっ!? 今年だって、他の子のコンペの結果がそのままの順位に反映されてました! なぜ、一位と二位だけ逆転するんですかっ!」
説明を聞き終わる前に激高する小さな女の子。

「まず第一に申し上げなければいけないことは、優勝者には多額の奨学金が支給されることになっていますので、優勝者の選出にはより慎重な判断が求められることです。」
みゆき副会長閣下はあいりが淹れてくれたお茶を優雅にすする。まるで今日はいい天気ねと友人と談笑しているかのようなオーラだ。

「規定によると、教養コンペの優勝者はコンペの結果とその他の実績に基づき判定するとあります。つまり、今回はそのその他の実績を重視したことになります。」

「でも、慣例では一位の人がそのまま優勝者に、」
「慣例はあくまでも慣例ですわ。今年のコンペの優勝者を決定する裁量は、この私にあるので前例は関係ありません。繰り返しになりますが、今回のように普段教養試験で優秀な点数を安定してとっている二位の生徒と平均点すら安定的に取れない一位の生徒、どちらがより優勝者にふさわしいかは子供でもできる判断とは思わなくて?」

みゆきさんの言うことは逐一正論だが、この天使のような笑顔には客人にとっては心底いらっとくるだろう。

「うそ、うそうそうそ、それはうそ!」
「うそ、とはどういことかしら?」
みゆきさんは完全にリラックスモードになっている。まさかと思うけど、この人、生徒が激高するのを楽しんでるんじゃないだろうね・・・?まさか違いますよね? 

「二位の生徒が、二位の子が福山さんの派閥の生徒だから手心を加えたんでしょう!?」
「ぷっ!」
みゆきさんは吹き出してしまった。腹がよじれて死んじゃいそうだよーとでも言いたげな態度だ。
「ちょっとあなた三流ゴシップ誌の読み過ぎよ。失礼ですが教養の欠片もない言いがかりに等しい発言だと思いますよ。」
「この・・・」
「うん?」
何か言いたげな表情を見せる訪問者になあに?といわんばかりの完璧美少女スマイルで答えるみゆきさん。
「まあ、いいわ。覚えていなさいよ。」
「あら、ろくなおもてなしもできずにごめんなさいね。」
仕方のないみゆきさんさんは最後まで挑発的な態度を取り続けた。

突然の訪問者は去ったが、彼女の怒気をはらんだオーラのせいで場の空気は大分澱んでしまった。はっきりいって、自分の研究をしているよりも数倍疲労する。私のライフはもうすぐ底をつき底が抜けて地面にたたきつけられそうだ。

「ふん、変な勘ぐりは本当に迷惑だわ。私は自分の職に忠実なだけよ。」
捨て台詞を吐く福山さん。
「みゆきさん。そろそろ今日は、」
「あ、そうね帰りましょうか。」

今度こそ帰れると思ったその刹那。コンコンというノックの音が部屋をこだました。
私のライフは地下に沈んだ。

「ちょっといいかしら? 学校内で発生しているいじめの件で陳情にきたんですけどぉ。あ、私姫宮キャサリンです。」

ぎゃああ。傲岸不遜にして唯我独尊、無駄に正義感の強い超絶勘違い系美少女姫宮キャサリン様の訪問だ。ハッキリ言ってトラブル臭が物凄くする。なんというか、あれだ。今、私の頭の中で昔嗜んだRPGのラスボスのBGMがリフレインされるくらいに緊迫感を感じる。

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一方の福山さんも、さきほどの来訪者に対する余裕の態度は一切影を潜め、この寒さにもかかわらずその額には汗が浮かんでいた。それもそのはず、姫宮家は福山グループの多数の株式を所有し、また政治の世界でも貴族院を仕切る姫宮家の援助の元、福山系の民選議員が多数当選しているという実情があるからだ。つまり、姫宮家は福山家にとって政財界のパトロンに当たるのだ。

あいりは、姉に命令される前にいそいそと給仕の支度を始めている。

そんな三者三様の態度にもキャサリン様は全く関心を持たなかった。あと、目がちょっと充血しているのが気になる。睡眠不足か?
「もてなしとか気づかいとかいいから、夜も遅いしあなたたちも疲れているだろうから単刀直入に言うよ?」
「ええ、いじめの件ですね。どうぞ忌憚なくご意見を聞かせてください。」
異様な剣幕にも押されずにみゆき副会長は気丈に対応する。

「あなたたちは、生徒会は本当にいじめ問題を解決する気があるの?」
「あります!ありますとも。実際、私たちはいじめ罰則規定を厳格に適用することを確認していますし。すでに、悪質ないじめを行った生徒8名に厳重注意処分、2名の生徒には減給処分を科しました。これからもさらに問題があれば臆することなく罰則を適用し、」

「手ぬる過ぎる!」

ごおおおっつとドラゴンの炎にまかれる自分を幻視してしまった。それほどの迫力だ。
「厳重注意!?靴の中に画びょうを入れたりお弁当の中に虫の死骸を入れたりするような悪質ないじめをごめんなさいの一言で済ませてもかまわないと言いたいの!?」

いじめの密告は主に千条派閥のメンバーから多数寄せられている。そのなかで蓋然性が高く申し開きのしようのない悪質なケースでは、臆することなく厳重注意処分を科すことが私たち生徒会では確認されている。ところが、姫宮様には不十分と思われるようなこの対応ですら、貴族に敵意と憎しみを秘める庶民系エリートからは陰に陽に抗議の意思が表明されていてみゆき副会長は進退窮まっているのだ。

みゆきさんは、福山家のパトロンである姫宮家の要請を最大限受け入れながらも、福山派閥の本体である中上級庶民層の貴族に対する憎しみにも配慮するという非常に難儀な仕事をしなければならない。その結果、みゆきさんは苦肉の策として今現に存在するいじめ罰則規定を厳正適用することに決めたのだ。

また、私としても、魔法銃という貴族の魔法の能力に依存した研究をしているので、正直なところ貴族の方たちとの無用な軋轢は避けたいところだ。だから、みゆきさんの反対を押し切って悪質性の高い2名には減給処分を科すように強く主張していたのだ。

「罪には応分の罰を与えなさい!こんな甘い処分じゃあいつらは自分が何をしているかも理解出来ないでしょう?いじめ罰則規定の改定、つまりいじめに停学処分を科せるようにするよう、よろしく生徒会の方には審議されたし!」

みゆきさんは一瞬苦悶の表情を浮かべた。自分の支持基盤に切り込みたくないみゆきさんは厳重注意処分の積極適用で落とし所にしたかったはずだ。

でも、私としては、ここで姫宮様に媚びても損はないっ!


媚びるというのは語弊がある。ただ、貴族の協力なしには私の研究は成り立たないのも事実。ここは協力のポーズをとっておこう。

「分かりました。私は姫宮様のご意見に賛成です。いじめ罰則規定の改定に真剣に取り組みましょう。もちろん停学処分も盛り込みます!」
「ちょっとあなた!」
何勝手な発言してるのよ黙ってなさいよ馬鹿なの死にたいの?とでも言いたげな剣幕のみゆきんを制し、
「生徒会の威厳を守るためにも絶対にいじめは許さないという姿勢を打ち出すべきです。」
「おお、あなた・・・」
姫宮様は予想外の援護射撃に感激しているご様子。と思ったら急に泣き出してしまった。感情の浮き沈みの激しい人だな。
「やっと、やっと、やっと生徒会の人にもいじめ問題の深刻さを理解してくれる人が出てきたと思ったら私嬉しくて。」
嬉し泣きを続ける姫宮さんの姿を見てあいりにも感じるところがあったのだろう。
「おねえちゃん。私も姫宮様のご意見に賛成です。いじめのような卑劣な行いは人として断じて許してはいけません。まして私たち枢密学校の生徒は将来のエリートじゃないですか。下々の模範にならなければならない立場の私たちがいじめ問題に無関心でいること自体が情けないと思います。」

「あいり、あなたまで・・・」
まさかの裏切りにみゆきさんは絶句する。
「分かったわ。姫宮様、あなた様のご意見を参考にしていじめ罰則規定の改定に迅速に取り組むことをお約束します。」

その後は少しめんどくさかった。思わぬ事態の好転に感動した姫宮キャサリン様がなかなか泣きやまなかったからだ。小一時間ほどしてやっと落ち着いて帰っていただいた頃にはもう深夜三時だ。正直眠い。

「で、どうすんのよ?」
まあ、みゆきさんからは抗議されますよね。
「ただでさえ、現行規定の厳正適用に不満の声を上げている私の派閥メンバーに対して、さらに厳しい規定なんか盛り込んだら私の立場がますます危うくなるんですけど?」
ずいぶん冷めた口調だ。ややお怒りの御様子。
「みゆきさん。新規定の運用が事実上困難になるように文言の調整を行いましょう。派閥メンバーには停学処分はまず下ることはないと説明して不満を丸めこんでください。」

さきほどの姫宮様の陳情をそのまま受け入れたとすると以下のような規定になるだろう。

悪質ないじめを行った生徒には厳重注意または減給処分または停学処分に処す。

当然この新規定ではみゆきさんの派閥メンバーは納得しない。だから
「悪質ないじめを行った生徒には厳重注意または減給処分に処す、とある現行規定に、極めて悪質ないじめを行った生徒には停学処分に処すという規定を加えます。」
「なるほど、極めて、という文言でハードルを上げるのね。でもそれだけじゃ不十分。彼女たちは納得しないよ。」
みゆきさんは断言する。なんだか空しい気持ちになってきた。人として最低な人たちの支持の上に今の私たちの地位があるのだと思うと切ない。

「では、極めて悪質ないじめをおこないかつ反省の念が認められない生徒には停学処分に処す、でどうでしょう?」
犯罪同然のいじめを行っておきながら反省もしないとか人としておかしいと思うけど。反省の念が認められない、という文言でハードルを追加してみた。
「もう一声欲しいわ。万が一にも停学処分なんて適用しないと説明するためにも駄目押しのハードルが必要よ。」
犯罪同然のいじめを行いしかも反省もしない生徒をかばう大義がどこにありますか?さすがに私は押し黙ってしまった。これ以上の譲歩は私の中ではあり得ない。するとみゆきさんの顔がぱっと明るくなった!
「分かった。解けたよこの問題!!」
一時間以上算数の問題に取り組んでついに解答が分かった小学生のように嬉々とした表情だ。
「うかがいましょう。みゆき副会長閣下。」
「極めて悪質ないじめをおこないかつ反省の念が認められない生徒には停学処分に処すことができるものとする

「それは、その書き方は、」
卑劣なんてものじゃない。もしこの文言の真意がばれたら、あ、やっぱりあなたたちはいじめ問題に真剣に取り組む気が無いのねと言われても仕方がないだろう。それほどこの規定はヤバいのだ。
「大丈夫。きっと大丈夫。絶対に分からないよ。」

できるものとする? じゃやらなくてもいいってことじゃないですか!?

犯罪同然のいじめをおこない反省してない生徒でも生徒会の裁量で停学処分にしなくてもいいということだ!これは文言調整なんてレベルじゃない! 規定の完全な骨抜き作業だ!!!

福山さんは停学という文言で姫宮様の顔を立てつつ、規定を骨抜きにすることで派閥メンバーの不満を極小に押さえる戦略をとったことになる。

結果的にうまく落としたな。みゆきさん。あなたやっぱり権力者に向いてるよ。


とその時、今までずっと沈黙していたあいりが口を開いた。
「私、最低という言葉を気軽に多用する人は嫌いです。本当は大してひどい事でもないのにそれ最低とか言う人はあまり物事を深く考えない人だと思うから。」
「でも、それを踏まえてあえて言います。私たちは最低です。」

枢密学校の闇は深い

・・・



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もともとは上記ブログで紹介させていただいていたのですが、最新記事から降順では読みづらいため、こちらに読みやすくまとめてみました。

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