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混迷の学園

「はぁ・・あ・・・」
眠い。昨日全ての陳情を受け付けて帰る時には既に朝の五時だった。そのまま帰っても休む時間はないので、みゆきさんもあいりもわたしも生徒会執務室に併設されていた簡易シャワーを浴びてソファーで仮眠をとることになったのだ。

二時間も寝ていない。

もちろん早朝からは、自分の研究をしなければならない。通常、研究者は研究に専念させるべきで生徒会の事務の方棒など担ぐべきではない。なぜなら、どちらも大変な仕事なので、どちらも中途半端になってしまうからだ。しかし、みゆきさんのたっての願いで不承不承立候補に踏み切った。その理由は、まあこれから私が訪問する場所を考えれば分かるよ。

私は新校舎を抜け、木々に囲まれた古めかしい建物である旧校舎に向かった。この旧校舎は言わずと知れた千条派閥の拠点であるが、私が会いに行くのは貴族系学生である。貴族系といっても姫宮さまや千条さまや由納さまのような選帝侯クラスの貴族ではなくいわゆる普通の貴族である。

もちろん私の意図がどうであれ、ここには千条様ゆかりの学生が多いので、

「あ、勝ち組が歩いてる。
とか、
「ふん、ちょっと美人だからってお高くとまってるよ。」
とか、
「これはFai・XF・うららさま。ごきげんよう。帰り道にはくれぐれも気おつけてくださいね?」
(←意訳:闇討ちにあわなければいいわね。)

などといういやがらせのような陰口を目的地にたどり着くまでに平均5回は聞かなければならない。

さて、いばらの道の先には年季を感じされる古めかしい扉があった。貴族専用の会議室だ。コンコンと私はノックをする。昔の木材が使用された扉のせいか凄くいい音が響く。

「どうぞ。お入りになって。」
クラシック音楽を聴いているかのような癒し系の声だな。
「失礼します。」
扉を開けるとそこには一人の少女がいた。髪の色はシルバー。腰まで髪を垂らしている。目は大きいがちょっとはかなげな印象だ。肌の色は乳よりも白く足はすらりと長い。飾り気のある装飾具の一つぐらい身に付ければいいのにといつも私は思うのだが、彼女は装飾品が嫌いのようでなにも飾り気がない。その代わり、放出される汗とともにフローラルな匂いを発散させている。これは貴族の魔法の一種だ。

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「どうぞ、おかけになってください。」
彼女は席を立った状態で私に着座を促す。身分の違いを感じさせない好感のもてる所作だ。これが姫宮様だったら席にふんぞり返ってぷーんとそっぽを向いていることだろう。

「有り難うございます。あ、その前に由納様からの紹介状です。」
一般貴族のリーダーは南国の選帝侯である由納様なので、彼女を通さずに一般貴族と面会すると大変な非礼に当たるのだ。
「あらあら、いつもご丁寧に有り難うございます。」

私は彼女のとなりに席に着いた。通常向かい合って座るものだが、この大広間は円卓会議室になっているので仕方がない
。余談だが、貴族は円卓を好む。それは客人に身分の差異を感じさせて萎縮させないための配慮だそうだ。長卓にするとどうしても順位の違いが明確化されてしまうからね。

この点は私たち庶民系エリートとは明確に違う。私たちは長卓を好む。地位の違いにこだわる。なぜなら庶民系エリートは家柄ではなく個人の努力で今の地位を勝ち取ったからだ。だから偉い人は偉そうにふるまう当然の権利がある、というふうに考えてしまう。ちょっと料簡が狭いよね。

「それで、早速本題に、」
「まあまあ」
そんなに慌てなさんな、と言わんばかりに私の言葉を歌うような口調でさえぎるると、彼女は私に口を直接付けて飲めるタイプの水筒を勧めてきた。
「はちみつ入りの紅茶です。疲れが取れますよ。」
せっかくのもてなしなのでありがたく頂くことにした。おいしい。疲労しきった五臓六腑にしみわたる。
「お母様直伝の紅茶なのよ。」
彼女はその小さな口に手を当てながら朗らかに解説した。なんというか、全ての所作に気品があるな。
「とてもおいしいです。それに身体があったかくなってきました。」
「それは生姜のせいですわ。いつもお疲れなようなのでご用意させていただきました。」
「それは御親切に有り難うございます。それで、あの」
「あら、いけない。Fai様はお茶会に来たわけじゃありませんでしたね。あまり引き留めてはかえってご迷惑というもの。」
「ええ。いつも急ぎ足で申し訳ないと思っています。」
「いえいえ、Fai様はご自分の研究だけでなく生徒会のお仕事までなさっているのですからそれは仕方のないことだわ。して、今日の御用はなにかしら?」
「あなた様の魔法の力をお貸し願いたいのです。」
「それはとても光栄なお話ですが具体的に私のどの能力をご所望かしら?」
少女は終始笑顔を張り付けたままだ。一見すると話は続けやすい。
「幻惑の魔法です。幻惑の魔法を魔弾に装填する研究に御助力を賜りたく。」
「幻惑・・・」
少女は一瞬こわばった顔をしたように思えた。がすぐに笑顔にもだった。
「幻惑の魔法は疲労倦怠感を取り除き一時的に活力が増大したかのように脳をだます魔法に過ぎなくてよ?」
「ええ、理解しています。」

しはし沈黙が流れる。少女は一体私がどういうつもりなのか計りかねているようだ。

「あなた様もよくご存じのように、先の第二次北方征伐では、戦争という極限状態におかれ精神の均衡を崩したという事例が多数報告されています。」
「・・・」
「精神の均衡を崩してしまえば、兵士は兵士として機能しません。彼女たちのメンタルの掌握は次の戦争までに解決しておかなければならない課題なのです。どうか、ご助力を賜りたく、」
「次の戦争?」
それまでの笑顔が掌に舞い降りた一片の雪のように消え、すっと目が細められる。
「あ、いえ。平和への外交努力は不断の努力により維持されるべきかとは思いますが、いざという時に備えが不十分では国民を護ることはできませんので。」
相手の一瞬見せた氷のような冷たい視線に気押され慌てて取り繕った。
「最善を望み、最悪に備えよ、ということですか。」
「ええ、備えあれば憂いなしです。」
「二つ申し上げなければならないことがあります。」
彼女はそれまでの笑顔を完全に消し去り、真面目な顔で言う。
「幻惑の魔法は確かに疲労倦怠感を劇的に改善させます。ですが、疲労そのものを取り除くわけではないのです。そこは絶対に勘違いしないでください。」
「はい。知らず知らずのうちに限界以上に無理をしてしまう危険性があると言うことですね?」
「ええ。」
彼女は一口紅茶を飲む。身体が揺れるとともにフローラルな匂いが発散される。
「それからもう一つ。幻惑の魔法には強い依存性があります。一度この魔法の快感を味わってしまうとそれなしではいられなくなるぐらい強度な依存性があるのです。」
「そうですか。しかし、戦争という生きるか死ぬかの極限状態では、一人の人間がここ一番での無理が効かせられるかどうかで多くの命の運命が決まることも多いのです。あくまでも、緊急避難的なケースに限って使用するだけなのです。従いまして、救えるかもしれない命の数を考えれば、個人の依存性の問題は限定的な問題にとどまるかと思います。」

ふう、っとため息をつかれてしまった。言外にヤレヤレと言っているかのようだ。

「ねえあなた。セックスってしたことある?」
「な!?ななななななn 何を言い出すんですか!?」


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あまりにも唐突過ぎる発言に激しく動揺してしまった。顔が一気に赤くなり体温が上昇していくのが分かる。
「一人エッチでもいいのだけど」

さらなる追撃を受け恥ずかしさで頭が沸騰しそうだ。

「はははっは、破廉恥です! 今そんな話は何の関係もないですよね!?」

セクハラまがいの発言に対する私の当然の抗議にも、相手の女の子は努めて冷静だった。世間話でもしているかのように泰然としているので、私の態度の方がおかしいのかと一瞬思ってしまうほどだ。

「関係大ありです。私の幻惑の魔法はセックスの10倍の快感が得られると言われているのです。一度味わってしまえば一生忘れられない快感になります。常習すれば精神に深刻なダメージが及び一生廃人として生活しなければならないのです。あなたはことの重大さを理解していないようなので、失礼を承知であえてこの例えを言わせていただいたのです。」

たんたんとしかしハッキリとした口調で諭すように言葉を紡ぐ。

「まるで・・・麻薬ですね。」
率直な感想が思わずもれてしまった。
「ええ、そう考えていただいて結構よ。ですから私でさえ極めて限定的な場面でしかこの魔法は使用しません。例えば、死にかけの病人が最期の時まで痛みで苦しまなきゃいけない時とか、ね。」
「なるほど、よく分かりました。私の考えが甘すぎました。それについては謝罪します。」
「いえ、分かっていただければ問題ないわ。」

つまるところ、貴族の魔法は私のテクノロジーと上手に融合させることができれば金の卵になり得る。福山グループは、魔法銃の成功で味をしめてからというもの、表向きは貴族との対立を演出しつつ裏ではその実力を欲しがっているのだ。
したがって、貴族とのパイプが強い私は、福山さんにとっては魅力的な人材たりえた。だから私は彼女から生徒会役員に強く推薦されたのだ。

「ところで、わたしからも一つ要望していいかしら?」
もちろん、こちらから一方的に利用するなどという関係はあり得ないから私の方も何かを与えなければならない。
「一恋ちゃんへのいじめの件ですね?」
「あら、話が早いわね」
「それについては、現行の規則を厳正に適用することが決まっていますし、昨日、停学処分が可能になるように規則を改定することが決まりました。」
だいぶざる法になってしまったけど、もちろん今言う必要はない。
「まあ、それはありがたいお話ですが、ううん・・・」
彼女は何かが気に入らないと言わんばかりに考え込むしぐさを見せた。
「なにか、気になる点でも?」
「いえね、積極的にいじめを行っているのは福山さんの派閥の生徒よね。であるならば、福山さんはいじめの加害者の立場でありながらいじめの救済者としての役割を担わされているわけよね?」
「・・・」
何も言葉が出なかった。
「こんな二律背反を抱えたままでは福山さんはいずれ破滅するわよ?」
正論過ぎて何も言えない。いじめ主体が救済者主体になろうとしてもそれは無理な話だ。
「今回の事案で問われているのはただ一点。」
目の前の女の子は歌うように言葉を発した。
「福山さんは自前の派閥を割ってでもいじめ問題に取り組む覚悟がありやなきや?」
貴族側と福山派閥側の利害の微調整を怠らなかったからこそ今の体制が成り立っているのは事実。だけど、それだけではどこかで行き詰りますよと忠告していただいているわけか。

はあ、心労が尽きないな。結局今日の取引は失敗したし、いじめ問題でも釘を刺されてしまった。寝不足も相まって気力体力ともにメータを振り切っている。

「あら、あなた大丈夫? 大分お顔が白いわよ?」
「はい、ご心配、には・・・及び」
私は最後まで言い切ることができず意識は闇に落ちた。

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夢を見ていた。

遠い過去の夢を。

私には妹がいた。あまり身体が強くなく、入退院を繰り返していた。私の両親は共働きだったので妹の面倒は私が見ることが多かった。

でも、嫌だなと思ったことはあまりない。私は生まれつき能力が高く学校で与えられるぐらいの課題ならば、努力らしい努力をしなくても良い結果を出せたので、妹の面倒を見ることぐらい負担にならなかったからだ。

また、手のかかる子ほどかわいいというのもあったと思う。私は病院で寂しく過ごしているであろう妹との時間を少しでも長く作るため、学校の勉強は最短で最高の結果を出すように工夫した。結果、私の能力はますます磨きがかかった。

妹は私の成功を無邪気に喜んでくれた。よく言われるような能力差による姉妹間のコンプレックスのような問題は、私たちにはなかっとと思う。看護婦の方やお医者様からは難しい患者様だからよくお見舞いに来てくれて本当に助かると何度も褒めて頂いた。

病室にいる間、私は妹にいろいろなお話をした。学校で起こった他愛のない日常のお話、誰かが誰かに告白したとか、飼育小屋のウサギがかわいいとか、気温の低い日が続いてプールに入れる日が少ないとか、そういう普通の子どもならば誰でも体験しているような陳腐でありきたりなお話。そういうお話でも妹は熱心に聴くのだ。妹にとって病院の外で起こることは全て非日常だったのだ。

私は妹と一緒にいてやることで少しでも彼女の不安が和らげばいいと思っていた。いや、違うな。そんな上からな話じゃない。私も妹と一緒にいることですくわれていたのだと思う。こんな私でもすがるような目で見てくれる人がいる。必要としてくれる人がいる。その事実は、学校での競争に疲弊していた私には大きな救いとなったからだ。

だから、私と妹は対等。

そんな蜜月のような時間がいつまでも続くと信じていた無邪気な過去の自分が呪わしい。

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転機が訪れたのは小学校6年生の時だった。常日頃から卓越した成績を残す私をサイコロにして、両親は人生最大の大ばくちを打った。私の父母は枢密学校へ私を入学させるべく一財産をなげうって私に家庭教師をつけたのだ。

枢密学校。未来の国家を支えるエリートを養成するための機関。それは陛下直属の研究諮問機関でもあり、その権威は帝国議会にも比肩するという。

したがって、枢密学校の生徒は学生の身分でありながら賃金がもらえるという超エリートなのだ。両親が私に期待をするのも無理はない。

でも、私の方はプレッシャーを感じた。首尾よく合格できればよし、万一失敗したら親のお金を無駄にしてしまう。枢密学校は3浪4浪は当たり前の超難関校だ。いくら私に非凡な才があるとはいえ、一年の準備期間で現役合格を果たすのは容易ではない。

必然、妹と過ごす時間は激減した。そのかわり妹とはメールのやり取りすることが多くなった。私が受験勉強を開始した当初こそ、妹の方が私を励ますことが多かった。お姉ちゃんが現役で受かったら私も自慢出来ちゃうね、などと可愛らしい本音を語ってくれた。

でも、そんな絆を確かめ合うには決して十分とは言えない妹との関係も継続することが困難になった

妹の手術日、妹の誕生日、などここ一番というイベントでさえ私は妹に会いに行くことができなかった。勉強のペースが乱れ受験に失敗するのが怖かったからだ。妹もはじめのうちこそ寂しさをアピールするメールをよこしたものだが、だんだんメールはとぎれとぎれになり、『お姉ちゃんの邪魔にならないようにメールは控えるね』という文面のメールを最後にメール交換は途絶してしまった。

このままではよくないのではないか、という思いもあったが何が何でも受験を成功させないといけない焦燥感で胸がざわざわする毎日だったので、それについては思考停止してしまった。父や母のお金を無駄にしたくない。期待にこたえたい。恥をかかせたくない。そんな思いで私の胸はいっぱいだったのだ。

受験には成功した。

すぐに妹のもとに向かった。妹はそれはそれは喜んでくれたがどこかよそよそしさを感じてしまった。姉の成功を喜ぶ、というよりむしろ友達の成功を喜ぶかのような、微妙な温度の祝福だったのだ。この微妙な温度をもとの温かさに戻すため私は一年前のように足しげく妹の元に通うことにした。

妹に会うために研究は最短で終わらせることにした。人と同じ時間で人の数倍もの結果を出してしまう私の能力、これは専ら私の素質と妹と過ごす時間が欲しいという願いに裏打ちされたものだったが、すぐに人の注目を浴びることとなった。勢い人より困難な課題を与えられることが多くなり、皮肉なこに妹のために取れる時間は加速度的に減ってしまった。

私は魔法銃の開発という功績により、他の学生の妬みの総量と同じくらいのお金を稼ぐことができるようになったが妹の見舞いをするような余裕は全くなくなってしまった。せめてもの罪滅ぼしに妹を大部屋の病室から個室に移動させたが、「お姉ちゃん、ありがとう。」という簡素なメールだけが報酬だった。そのメールは今でも鍵をかけて大切に保存している。

先日、半年ぶりにお見舞いに行った。妹の態度はますますよそよそしいものになっていた。昔のように我儘を行って困らせるのではなく、きちんとお見舞いのお礼を言う妹の態度がたまらなく切なかった。彼女の中では私はもう友達ですらなく単なる知人なのだろうか。このままいくと、妹の頭の中では私は他人になってしまうのではないかという懸念は私の胸を焦燥感でいっぱいにした。

大分長い夢を見てしまった。覚醒の時は近いことが分かるが、私は目を覚ますのが溜まらなく怖かった。ひとたび目を覚ませば現実と向き合わなければならない。現実はもう私には優しくない。逃避願望が強すぎたせいではないだろうが私の脳は完全に目覚めたのにも関わらず体はピクリとも動かなかった。過剰な疲労が身体の活動を許さないようだ。

身体は動かせないが周りの匂いや音は拾える。汗とともに匂いを発散させる貴族の能力が感じられるので私の周りにいるのは貴族か。

「うららさんはまだお目覚めにはならないのでしょうか?」
この歌うような声は・・・ついさっき交渉していた羽衣様の声だ。
「ああ、大分疲労が溜まっていたのだろうな。ピクリとも起きる気配がない。」
この声!千条様か。 私、意図せずして敵の中枢にもぐりこんでしまったのか。
「生徒会役員共はうららさんが拉致されたって騒いでるみたい。こっちが保護してあげてるのに失礼な奴らね。」
ああ、この呪わしい声はキャサリン様だ。
「研究者と役員の両立など土台無理な話なのだ。今回この子が倒れたのは多分に福山生徒会副会長の責任だな。」
突き放したように千条様は評する。うん、的確なご指摘だと思う。もっと言って欲しい。

それにしてもこのお部屋は誰のお部屋だろう。私としては千条様か羽衣様のお部屋がいい・・・
「仕方ない。これも人助けね。しばらくうららさんは私の部屋でこのまま寝かせてあげるよ。」
はああああああああ・・・キャサリン様かー・・・。心の中で思わず深いため息をついてしまった。
「悪いな、姫宮さん。本当は私の部屋で面倒見てあげたいのだが、いまちょっと前歴史研究会の部長の面倒を見なければいけないからな。」
そういえば歴研の部長は千条様の元に走ったんだ。うううん、この話方からすると歴研の部長も体調を崩しているのだろうか。
「福山派閥の人間と歴研の部長を一緒にしたらどんなトラブルになるか分かりませんから仕方ないと思います。彼女福山さんに陥れられたわけですから。」
羽衣様の指摘は正しい。さすがに歴研の部長との同じ部屋で寝るのは苦しいものがある。
「彼女かわいそうよね。部員に解任動議を出されて部屋を追い出された後、自販機でジュースを買おうとしたところ百円玉を何度投入しても受け付けられずについに発狂しちゃったんでしょう?」
ああ、あるよね、そういうこと。地味にいらっとくるよね。
「はいキャサリン様。自販機の前で泣き叫んでいる女の子がいるとの報告を受けた千条様が旧校舎から駆け付けて必死になだめたのです。」
旧校舎からわざわざ駆け付けたのか。学園内の紛争を解決して見せることで、無能な生徒会執行部と有能な千条派閥の格の違いをアピールしたかった、というのは言いがかりが過ぎるか?

「あんた一体どうやってなだめたの?」
「これは二人の問題だ。二人で解決していこうと言っただけさ。」

凄いな。千条様と言えば選帝侯クラスの貴族。心に大きな傷を負ったであろう歴研の部長にとって身分の高い千条様のこの言葉は自尊心を回復させるのに劇的な効果があっただろう。実際なかなか言える言葉じゃない。もれがうちの生徒会副会長だったら

「呪いなさい。それがあなたの運命よ。」
とでも言って一秒後には関心を無くしているだろう。

それにしても、みゆき副会長はちょっと敵を作り過ぎじゃないだろうか?昨日のコンペの件といい今の歴研の部長の話といい。千条様が意図しているかは分からないけれど、今みたいに福山体制からこぼれおちた生徒を千条様は丁寧に一人ずつ拾っているような印象がある。もちろん、一人ぐらい寝返っても大勢に影響はないけれど、ちりも積もればで今の千条派閥があるのも事実だと思う。

今の学園内の勢力図をざっくり頭に思い描いてみると、
福山みゆき派      約180名 (170名に微減?)
千条派         約30名(40名に微増?)
貴族(由納グループ)  13名
菫派          10~30名?
無派閥         約60名?

これをもうちょっと詳細に分析すると、
福山みゆき派 
約180名(170名?) 自由競争公認という点では一致 (能力の高い人に大きな報酬をあたえる)
しかし、貴族に対する態度で派閥が二分されている。
対貴族協調派 約90名  貴族の能力を積極的に活用しテクノロジーの開発を進める 
対貴族強硬派 約90名  貴族の特権が庶民の成長を阻害しているとして、貴族を外地へ追放することを主張
                (←一恋ちゃんへのいじめを主導)
熾烈な競争にこぼれおちた生徒は千条派閥に合流しているのではないか?

以下、千条様よりのグループ

千条派 
弱者救済型の共同体志向 (学園内の熾烈な競争にこぼれおちた生徒に居場所を提供)
30名とされているが、競争に脱落している生徒を丁寧に拾ってるので40名近くになっているのではないか?

貴族
(由納グループ)13名(由納様、千条様、キャサリン様除く)
貴族の利害を護りたい。特に、外地へ派遣されることを強く懸念している。また、能力をFAI・XF・うららを通じて福山みゆきに提供することで福山派の一部と裏でつながっている。貴族である一恋ちゃんへのいじめを非常に不愉快に感じている。千条派閥とひっくるめてカウントされることもあるが、千条派の生徒とは利害は一致していない。

菫派 
武道派。兵法の家の娘である菫さんと同じく武の道を志す者は10名とされているが、その他に熱心な固定ファンが20名ぐらいはいる模様。女性だけの頭脳社会である枢密学校では異端の存在ではあるが、逆に男性的な美に憧れをもつ生徒に絶大な人気を誇る。千条派閥とひっくるめてカウントされることもあるが、成績劣等生の集団ではない。

無派閥 
約60名。特定のグループに参加しないグループ。仮にも枢密学校の生徒たるもの、何が正しくて何が間違いかはグループではなく個々人で判断すべきとしている。しかし、実態は、選挙で勝ちそうな人を選択する判断をギリギリまで保留して自分は絶対に損はしたくないと考えているしたたかな連中。実際、前回の選挙では多くの者が福山派に投票した。


・・・
以上のことを踏まえると、私たちの取るべき戦術は、貴族への対応で派閥が二分しないように注意しつつ、必ずしも利害が一致していない、千条派閥、貴族、菫派をそれぞれ分断し一大勢力にしないことだ。

ちょっと、考えすぎてさすがに疲れてきた。

この金縛り状態というのは心は動かせるけど身体は指先一本動かせないという状態で、非常に不愉快状態を指す。だから、パニックにならないように気おつけないといけない。例えば、身体の一部のコリを意識してしまった場合、そのコリをほぐすために寝がえりを打ちたい衝動にかられるけど、身体が動かせないのでかなり焦る。また、叫び声をあげて周囲の人に身体を動かしてもらうとしても、声を出すこともできない。実際には、身体を動かしたり声を出したりすることができたとしても、それは夢の中での出来事に過ぎず現実には何も起きていないのだ。この夢と現実の境界があいまいな状態こそ金縛りの本質といえよう。

余談だが、このとても不愉快な金縛り体験は、私の経験では徹夜明けのお昼寝で起きることが多い。過剰な疲労が発症要因の一つであることは間違いないようだ。

・・・
私は身体を動かせない不快さを誤魔化すために考えごとに熱中していたが、どうやら知らず知らずのうちにまた眠りに落ちてしまったようだ。なぜなら、覚醒した時には、部屋にいる人が変わっていることに気付いたからだ。

「勝って、申し訳ございません!」
「もう一回!今度は負けないわよ。あと、接待プレイ禁止だからね、憂!」

ふむ、どうやら、キャサリン様とその侍女と思われる人物がなにがしかのゲームに興じているようだ。私はすぐに起きるつもりだったが、なんとなくこの二人だけの時間をを壊したくないと思ったのでもう少し寝たふりを決め込むことにした。

「それにしても、お嬢様。このオセロというゲーム、ルールはシンプルですがなかなか奥が深いですね。」
「そうね、同じ色の石で違う色の石ではさんでひっくり返すだけなのに、なかなか面白いわ。」
「このゲームも元歴史研究会の部長様が過去の文献から今の時代に復活させたのですか?」
「ええ、彼女、古代の時代の文化、特にゲームやスポーツが大好きみたい。」

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そう、それで福山みゆきさんさんの実学志向とまるでかみ合わず追放されたわけだ。
「なるほど、それで財力のある姫宮家がスポンサーになって彼女の研究を支えている、というわけですか。」
「そういうこと。上流階級の人たちは娯楽に飢えてるからね。いい商売になりそうだよ。」

ふーむ。キャサリンお嬢様は私が思っていた以上にしたたかみたいだ。盗み聞きはよくないけどもうちょっと情報収集しよう。


「なるほど。ですがそんなにお金を稼いで何をするおつもりですか?お嬢様。」
「何をするってわけでもないけど。お母様が把握できない自前の財布がもちたかっただけだよ。」

「ご冗談を。」
「あ、ばれた?」
「お嬢様は歴史研究会の元部長様を元気づけるために商売をなさっているのでしょう?元部長様の研究はこんなにも多くの人に受け入れられていることを実地で証明するために。」
「はあ、参ったな。照れ隠しを見破られると恥ずかしいものね。」
「主人の真意を見抜けなくては侍女は務まりませんから。」

ふん、いいご家来をお持ちじゃない、キャサリンお嬢様。

「ねえ、憂。」
「はい、なんでございましょう?」
「私、決めたわ。千条派閥のメンバーを私のやり方で支えて行こうと思う。」
「え? ですが千条様とはそりが合わないと常々、」
「確かにね。でも、だからと言って千条さんの理想まで侮蔑していい理由にはならないわ。落ちこぼれでも、ちょっとしたきっかけを与えれば輝くことができる。事実、千条さんはいくつもの成功例を積み重ねてきたし、そこは尊敬しても良いと思うの。」
「ええ、私もそれには同意します。」
「千条さんがその人徳で自らの理想を追求するなら、私は私のやり方でその理想を追求しようと思うの。」
「具体的にはどういうことでしょう?」
「つまりね、私には残念ながら、千条さんのように人を弾きつける力はないと思う。でも、この私が生まれながらに持っている財産と姫宮家の権威は使いようによってはとても人の役に立つと思うの。」
「とても素晴らしいことだと思います。まさに高貴なるものの義務ですございますね。」

自助自立を理想に掲げる私たち福山派閥とはまるで相いれない価値観ではある。私自身は落ちこぼれに過度なリソースを割くのは割に合わないかぎり反対だ。

「そう高貴なる者の義務よ。私たち貴族は神から授けられし能力に感謝し普通の人以上に善行に勤しむ義務があるの。」

貴族の魔法は神からの贈り物。だからそれに感謝し魔法を世の中のために役立てなければならない。貴族におせっかいな人が多いのにもきちんとした理由がある。

「う・・・うぅん」
そろそろ起きたほうがいいだろう。あまり長居すると迷惑だろうし私もそうそう休んでいられる身分じゃない。

「あら、起きたようね。」
「ここは・・・?」
ここは・・・?などというすっとぼけた文句でも、一応言っておかないと寝たふりをしていたことがばれてしまう。
「畏くも皇帝選出権を有する選帝侯の筆頭格の家格である姫宮公爵家のご息女様であられるキャサリン殿下の自室よ。身に余る光栄にむせび泣いてもいいんだからね?」

どうしよう。決して間違った自己紹介じゃないけど、この小娘をひっぱたきたい衝動に駆られたよ。
「お嬢様、お嬢様、大事なお客様ですから尊大な態度はほどほどになさいませんと。」
「あ、いえ。どうやら大変なご迷惑をおかけしたようで謹んでお詫び申し上げます。」
ぺこりと頭を下げる。刹那、目眩に襲われてバサッと倒れてしまった。

「憂!千条さんに連絡して診察に来てもらいなさい!」
「はい!」

タタタっ、とこぎみ良い足音を立てて憂と呼ばれた侍女は退出していった。
「いえ、もう本当にお構いなく。研究と役員のお仕事がありますから。」
「それについては心配ないわ。千条さんから診断書を書いてもらったから。あなた2週間はここで安静にしてなさい。」
「私ってそんなに悪いんですか?」

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「ま、まあ、詳細は千条さんから聞いたほうがいいと思う。」
なぜか目を合わせようとしない姫宮様。なんどろう凄く不安。胸がどきどきしてきた。
私が思案していると、
「お嬢様、お嬢様?」
憂さんが千条様を連れて帰ってきた。思った以上に迅速な行動だ。まるで傍で待機していたみたい。
「あ、起きるな、そのまま、そのまま。」
千条さんは部屋に入るや否や私に対してかなり強い口調で注意した。
「Faiさん。あなたは肝臓を病んでいる可能性が高い。全体的に皮膚が黄色く目の色も黄色い。これは肝臓が悪い証拠だ。しばらく休息をとらないと死ぬぞ?」
「えぇっ!?」
「ま、どの程度肝臓が悪くなっているかは医学が衰退してしまった今の時代では分からないが、ともかく今は休むことだけを考えないと死期が早まることは確かだ。」
「ど、どうして?」
「原因か?過労のせいだろう。今までのようなペースで働くことは諦めてもらうぞ。」
「で、でも」
「研究者と役員としての職責が果たせないと困るか。」

うーむ、と考え込む千条様。なんとか私を言いくるめたいような気持がひしひしと伝わってくる。そんなに私を病人扱いしたいのだろうか。
「ま、しばらく休養をとりなさい。体力が戻ってから日々の活動のペースを再考すればよい。」
「ちょっと待って下さい。私は十分に動ける身体です!」
「だが、Faiさんの体の節々から不健康を示す予兆がたくさんでているよ?失礼だけど素人が見ても明らかに不健康だと判断するだろう。なあ、憂殿?」
「あ、はい。失礼ながらかなりおやつれのようにお見受けいたします。」
突然話を振られても動じることなく返答する憂さん。千条様に慣れているようだ。
「疲労が体に滲み出ているにもかかわらず、疲労を感じない。これはかなり危険な事態だ。どうかわきまえて欲しい。」

うーむ。今度は私が悩む番だ。いや、結論は決まっている。休むわけにはいかない。魔法銃の研究は国家の存亡にかかわる問題だし、役員の仕事は貴族と庶民系エリートの学生のパイプ役として絶対に外せない。もし私がいなくなれば、庶民系エリートは貴族の能力を活用した研究ができなくなり恩恵革命はとん挫してしまう。

私個人の栄光と挫折は国家のそれと結びついている。だから、
「ご忠告には本当に感謝いたします。ですが、もう私は、前に進むしかないところまで追い込まれているのです。なぜなら、私が足踏みすれば、大勢の人が困りるから。もし私が役員から抜ければ福山派閥は貴族とのパイプを失います。そうなると福山派閥の学生は貴族の能力を活用できなくなります。貴族の能力が活用できなくなれば貴族の方に配慮する理由がなくなるので、貴族系の学生の方たちは一部心得違いをしている庶民系エリートの圧力にさらに苦しむことになるでしょう。また、福山派閥内の貴族協調派の求心力が弱まれば、対貴族強硬派が浮上し今までより過酷な競争原理が学校全体に適用されます。そうなると、」

「成績劣等生の私の派閥の子たちはさらに苦しい立場になる、か。」
「そのとおりです。私としては、これ以上、この学校に紛争の種を増やしたくないのです。」
「福山さんは、対貴族強硬派を切るつもりは露ほどもないのか? 彼女たちを切れば、福山派閥は今まで以上に貴族の能力を利用することができるようになる。また、貴族へのいじめ問題も、彼女たちに配慮する必要がなくなれば臆することなく厳罰を適用できる。万事、円満解決だ。」
「確かにそれは魅力的な選択肢です。しかし、貴族は13票、対貴族強硬派は90票。私たちが権力を維持するためには彼女たちの協力がどうしても必要なのです。」

そんなこと百も承知で千条様は質問しているのだろうけど。
「ですから、お心遣いは大変ありがたいのですが、私は休むわけにはいかないのです。」
「そうか。うららさんのお気持ちは十分に分かった。だがそちらの事情がどうであれ、もし貴族へのいじめ問題が不十分だとみなした場合、私は即座に対抗措置をとるつもりだ。」
千条様はたんたんとした口調で断言した。するとキャサリン様が、
「あ、それ、解決済み。うららさんが悪質ないじめに対しては停学処分にできるように規定を追加すると約束してくれたわ。」
「そうか、それが本当ならば一歩前進だな。」
本当はみゆきさんの小細工でザル法になったけど。もちろん、今ここで言う必要はない。
「あと、話を蒸し返すようで悪いが、今日一日はここで休んでいきなさい。今日一日休めば明日明後日は休日だ。この機会にたっぷり養生して欲しい。ここでうららさんを解放して後で倒れてしまったら私の立場も危うくなるのでな。」
確かにそうかもしれない。なんで無理をさせたんだと後で責められたら千条様もたまらないだろう。
「わかりました。そのかわり少しだけ我儘を言ってもよろしいですか?」
するとキャサリンお嬢様が、
「なによ?何か食べたいものでもあるの?」
「いえ、パソコンを貸していただきたいのです。」

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「あら、それは構わないけど、もしよかったらうららさん愛用のパソコンをここに持ってくるように手配してもいいのよ?」
それは・・・困る。私のパソコンは機密で一杯だ。万が一強奪されたら、犯人は一生遊んで暮らせるくらい貴重な情報が詰まっている。じゃあ、まっさらのパソコンを持ち運べばよいことになるけど、私のパソコン=ダイヤモンドの塊と勘違いしている人が多く身の危険を感じてしまい持ち運びもやめた。

私のライフスタイルでは研究室5と生徒会室4、旧校舎への表敬訪問1の割合で占められているので、研究室と生徒会室にパソコンがあればほぼ問題ない。もちろん、旧校舎にもパソコンが使える拠点があればパーフェクトだが、敵とみなしている千条派閥の中枢で大事な情報など扱えるはずもないから無理な話だ。

「あいえ、関係者以外の立ち入りは禁止されているのでそれは無理なんです。」
「あら、そう? 厳重なのね。」
じゃあ、キャサリン様も千条様も、『じゃあ、今から行って取ってきなさい。』とは言えないだろう。彼女たちの中では、私は病人という扱いなのだから。
「ふむ、まあ、いいわ。憂! 私のノーパソを持ってきて!」
呼ばれた憂さんはちょっと眉をしかめた。
「は、はあ、あのパソコンですか。ただいまお持ちします。」
一風変わったパソコンなのだろうか?まあ、情報収集だけできれば事足りるのでどんなパソコンでも間に合うので気にはしないけど。

「さて、私がいつまでも居座るとうららさんが休めなくなるな。」
腰を上げて退出の意を表明する千条さま。
「今日はどうもご迷惑をおかけして申し訳ないです。後日、きちんとしたお礼をさせてください。」
「早く良くなってくれ。それが何よりのお礼だ。」
遠回しに無理をするなとくぎを刺されてしまった。
「はい。善処いたします。」

さて、千条様は退出し、その後、憂さんがパソコンを持ってきてくれた。みたところどこにでもあるようなパソコンだ。
「なにからなにまで有り難うございます。」
「どういたしまして。でも、あまりパソコンばかりしてはいけませんよ?」
「分かりました。」
「私と憂もこっちで寝るから、何かあったら遠慮なく起こしてちょうだい。」
キャサリンお嬢様はソファーを倒してベッドにしている。ソファーベットというものらしい。

その後、私のベッドの周りにカーテンが敷かれ簡易的ながらプライバシーが保たれた。現時刻は夜の9時、0時を過ぎるとこの部屋は強制消灯になるらしい。

さて、手早く情報をチェックしよう。まずはメールから。おおっと凄い量だね。
重要な案件から拾っていこう。

まずはアル操さん捜索の件だ。福山あいりから簡潔な報告が届いている。
なになに・・・
「アル操捜索隊は、アル操研究室の前で終日張り込みを行い・・・」
いくらみゆきさんの命令とは言え、部屋に入りこむことは許されないからこれは仕方ないだろう。
「出入りする研究生に尋問を行う。皆、アル操の所在に関しては知らないと一様に答え足早に去っていく・・・」
嘘をついているのか、本当に知らないのか。どっちなんだろう?
「何の手がかりも得られず捜索隊は夕方を迎える。手ぶらでみゆきお姉さまのもとに帰還することに恐怖を感じた一同は一番気の弱そうな研究生を確保。生徒会室へ連行する。」

って、何やってるんですかぁ!

「一方、その頃、私とみゆきお姉さまは校内に設置された防犯カメラのチェック作業を終日行い、某日某時刻、アル操と思われる人物がカメラ目線でピースサインをしながら学校を去っていく映像を確認。お姉さま激怒。」

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・・・

「気の弱そうな生徒(以後、Xと呼称)は、お姉さまから映像を突き付けられ某日某時刻アル操さんは学校から逃走したことを認めた。」

なんなんですか、一体?

「Xの話によると、アル操さんは自分の研究のためのフィールドワークに出かけたが行き先は不明と説明。捜索隊をはじめお姉さまもXがアル操の行方について何らかの情報を知っているとみなし翌日も引き続き厳しい尋問を行うとXに申し渡し解放。」

なるほどね、アル操さんは研究のためにどこかへ行ったのか。でも、それなら一言くらい報告してから行けば何の問題もないのに。まだよく分からないなこの事件。いや、まだ事案の段階か。

えっと、次の案件は・・・
いじめ規定追加の件か。

「みゆきお姉さまはいじめ規定追加の理解を得るべく、対貴族強硬派と会談。」
そうそう、これは重要な案件だ。キャサリンお嬢様と約束した以上、なにがなんでも成立させないといけない。

「対貴族強硬派(以後、Sと呼称)は新規定に不満を表明。新規定はSには適用しないとのお姉さまの約束に一定の評価を示しつつも、Sは書面での約束に固執。紳士協定にこだわるお姉さまと書面での約束にこだわるSとの話し合いは平行線に終始、。」

って、困るじゃないですか!キャサリンお嬢様にどう説明すればいいんですか!! 

「お姉さまは、書面での約束は、それが外部に漏れた場合、貴族との信頼関係が決定的に損なわれることを懸念。」
そっか、みゆきさんとしては証拠を残すことは命取りだ。なぜなら、貴族との信頼関係が無くなれば、貴族協調派からも信頼を失う。そうなればみゆきさんは四面楚歌だ。

「お姉さまはきSを慰撫するために、新規定賛成の見返りとして、来年度以降貴族の筆記試験免除特権を廃止することを提案。Sは態度を保留。」

交渉というのは大変なんだな。間違いなく思い付きだろうけどみゆきさん頑張ったと言えるんじゃないだろうか。

「ところが、上記の情報が対貴族協調派(以後、Cと呼称)にリークされるにおよび事態は急変。貴族との協力なしでは研究が進まないCは貴族の入学にハードルを課すことに猛然と抗議を行う。みゆきさんは、筆記試験導入は、Sを言いくるめるための方便。試験は名前さえ書いてあれば合格させてしまう程度のもので実質ハードルにはならないと説明。Cに理解を求めた。」

情報を故意にリークしたのは間違いなくSだ。みゆきさんとCとの信頼関係にくさびを打ち込んだのだろう。Cの凋落は相対的にSが浮上することを意味するからね。

「依然として態度を決められないSグループに業を煮やしたお姉さまはお母様に通報。お母様から貴族院議員議長を務める姫宮憂子様(キャサリンお嬢様の母)にS側に圧力をかけるよう要請。憂子様は、旧姫宮領を地盤とするS側親族の民選議員に対して支援取り消しを通告。」

福山ー姫宮ラインというみゆきさんの切り札だ。
「S側、降伏。お姉さま、お母さまから(姫宮家にこれ以上の貸しは作れないわ、いい加減にして頂戴という)お叱りを受ける。」

ふう、一応、福山派閥の中での対立は決着したと判断してよさそうだ。あとは、貴族側が納得するかどうかに焦点が移っていく。ボールがあちらに投げられれば、私たちは事の推移を見守っていくしかない。

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で、あいりからの報告はまだ続いている。次の案件は魔法銃だ。
「魔法銃開発の件ですが、有効射程距離の飛躍的な向上と複数の魔法弾が装弾できる新型魔法銃の研究に着手して欲しいとの要望が竜宮皇帝家よりありました。」

一読してお腹に緊張が走った。皇帝家は近い将来での戦争を検討しているかのような印象を受けたからだ。

「これはあくまでもあいりの私見ですが、姫宮家の私設傭兵団(旧姫宮軍)のみで千条家との戦争を実行できる素地を作り上げたいとの思惑がこの依頼の背景にあると思われます。」

奇妙な話だ。姫宮家だけの兵士では数が少なすぎる。

帝国内のほとんどの地域の支配権を放棄した姫宮家は、昔のようにただで民衆を動員して軍隊を編成できない。だから、自前の資金で傭兵に賃金を支払い私設傭兵団を編成している。結果、姫宮家の兵士の数は十分の一に減少した。

政治的な発言力は軍事的な実力に比例する。

政治的な発言力を失うことに恐怖した姫宮家は、大幅な兵数削減によって減じた戦力を武器の近代化を加速化させることで補うことに心血を注いだ。

結果、姫宮私設傭兵団は帝国軍最強の軍事組織となった。

とはいえ、戦争は頭数が多い方が有利。それなのに姫宮家だけの戦力で戦うのはおかしい。実際、先の大戦でも帝国内の貴族による連合軍が主力となった。


「ご承知の通り、姫宮家は最大貴族とはいえ政治機構としての姫宮家は滅びてしまって久しいので動員できる兵力はたかが知れています。ですので、当初のもくろみでは、先の大戦と同じく、貴族連合軍を編成し総力戦で戦争を行う計画になっていました。ですが、次の戦争は姫宮家単独で行ってもらわなければいけない事情が発生してしまったのです。」

まるで分からない。

「なぜなら、南の経済大国である由納家が現行以上の国際秩序の変更を望んでおらず、皇帝家が国家として戦争に踏み切った場合、経済制裁を発動すると公式なルートを通じて威嚇してきたからです。私たちは食糧もエネルギー資源も由納家が妖精の国と行う中継貿易によって獲得しています。ですので、経済制裁が発動された場合、私たちは日干しになってしまいます。」

国家としての戦争に踏み切れば短期的な戦争は有利に進められても、南に経済制裁の口実を与えてしまい戦略物資の補給が断たれる。物資が無くなれば戦争は継続できない。

「由納家の経済制裁を封じるためには、次の戦争はあくまでも姫宮家と千条家による私闘であり、国家は一切関与していないことを演出しなければなりません。そのためには、国民軍はもとより、姫宮家以外の貴族軍も動員できません。しかし、圧倒的に兵士の数で劣る姫宮私設傭兵団だけで北の軍事大国に挑戦するのは無謀というものでしょう。それでも、その無謀をどうしても押し通すならならば大幅な武器の改良に期待する以外にありません。」

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だから、Fai・XF・うららさん がんばってね。という結論になるのか。

魔法銃の開発は私のライフワーク。改良を施すのは望むところではある。

でも、数的不利を武器の改良で補うのは不可能だと思う。戦争は戦場でだけ勝てばよいよいうものではない。勝った後は支配のための兵を残さなければならない。その支配もまた戦争だ。つまり、占領地域が増えれば増えるほど兵の分散化が進んでしまう。そして、分散化されればされるほど軍隊は弱くなってしまう。

きちんとした戦略が伴わなければ、戦術的に勝利しても意味がない。そして、きちんとした戦略の要には数的な優位がなければならない。当たり前のはなしだ。

由納家の経済制裁が足かせとなって総力戦ができないというのなら、その時点で戦略的に敗北している。だから、まずやるべきことは由納家との交渉だ。
それがだめなら、そもそも全面戦争に執着しなくてもいい。

少ない兵力しか動員できないのなら、一部の重要拠点だけを占領し、その占領地域の返還を条件にして千条家と有利な講和条約を結んだっていいはずだ。占領地域の防衛ならば私の魔法銃は大いに役に立つだろう。

また、由納家の経済制裁が足かせとなるなら、海軍を増強し妖精の国との直接貿易の道を模索するのも面白いだろう。

「自分の仕事はするけどさあ・・・いくらでもやりようはあるだろうに。」

あんまり考えたくはないけれど、こんなことが理解できてないほどあいりはお馬鹿さんだろうか?
理解してそれでもあえてお馬鹿な振りをしていると考えたほうがよほどしっくりくる。

この戦略ともいえないような戦略案には多分に福山家の都合が反映されているような気がしてならない。由納家からの経済制裁は由納家からの輸入ビジネスを行っている福山家に痛手でだし、かといって戦争を諦めてしまっては本業である兵器のビジネスが成り立たない。そして戦争の長期化と戦争ビジネスの成功は比例する。だから短期決戦で終わって欲しくはない。

もしも福山家の都合、それも私的な金儲けなどと言う理由で姫宮の兵を死地に向かわせるとしたら到底許されることじゃない。

まあ、私の憶測がどこまで正鵠を射ているかは不明だ。

いつも何かと世話を焼いてもらっているあいりを疑うのは胸が痛むからあまりこんなことは考えたくない。

「どうもね、私・・・いや、私だけじゃないか。みんなが見えない糸で身動きが取れなくなっていくような気がする。」
ぱっと電気が消えてしまった。どうやら強制消灯時間になってしまったようだ。

「寝ましょう。せっかくの御好意だ。週末はゆっくりしよう。」
慢性疲労の中でがんばったせいか、眠りに入るのは一瞬だった。


・・・



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もともとは上記ブログで紹介させていただいていたのですが、最新記事から降順では読みづらいため、こちらに読みやすくまとめてみました。

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