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一恋

一週間後。

最近お嬢様のご様子がおかしい。ため息をつくこと多く何かに悩んでいるご様子だ。今日の朝食も半分以上残してしまった。
私の作ったサンドイッチとコーンスープと野菜サラダが死ぬほどまずい、という可能性がないとしたら何か大きな問題を抱えているに違いない。

私に何か出来ることがあれば、喜んでお嬢様のために働きたいと思う。だが、本人が望んでいるわけでもないのに個人的悩みに干渉していくのは、使用人の立場としては出過ぎた真似と言わざるを得ない。

「お嬢様、お夜食のミルクをお持ちいたしました」
「ん、ありがとう」白くてフカフカのソファでまどろみながら、ふあぁーと猫のようなあくびを噛み殺しながら答えるキャサリンお嬢様。まあ、愛らしいといえなくはないだろう。お嬢様のお耳は小ぶりで可愛らしい。
「憂?」
「あ、はい。」
おっといけない、余計な考えことはほどほどにしないとな。ご主人様への対応が遅れてしまう。
お嬢様は自分から呼び止めたのに、何故かモジモジして二の句を告げずにいる・・・。

「ねえ・・・あなた。そのう、えっとね、私、好きな人ができちゃったかもしれないの」
「ぷっ」
一瞬の間を置き、笑いを吐き出す私。

「はあああ!?今あんた 笑ったでしょう!?」
「わ、笑ってませんよぉ」

「嘘! 嘘嘘嘘 ぜーたい笑った。あ、そういいよもう。ママに言いつけて路上に放り出してあげるから。短い付き合いだったわね~さようなら~( ´ ▽ ` )ノ」

照れ隠しのために傍若無人な主人を演じるようにしかみえないきゃさりんお嬢様、天使のようにみえなくもない。
その華奢な肩に羽が生えるのはいつだろう?

「そういうことをおっしゃるのでしたら、私だって、お嬢様に想い人ができたことを奥様に報告してもいいのですよ?」
「それは、本当にやめて。悪い虫が付いたとか騒ぎ出して留学させられるから。そうなると、あなたもお払い箱になるよ?」
一転して真剣な口調で諭されてしまった。それはもちろん困る。ここにいれば贅沢な暮らしができますしね。

・・・
「お嬢様。先ほどは大変失礼いたしました。」 謝罪を重ねやっと機嫌を治すきゃさりんお嬢様。
「わ・・分かればいいのよ、分かればっ」
まだ、プンプン怒ってぽかぽか私の胸を叩いている。
「ですが、お嬢様」
「なに?」

お嬢様は、将来、枢密院と呼ばれる陛下直属の諮問機関で働くことを前提に設立された枢密学校という特殊な環境で日々を過ごしている。生徒たちは将来のエリート達なので、学校は生徒を信頼して一切生徒にルールを課さない。そのかわり、学校の中で代々伝わる不文律が校則の代わりとなっている。このようなルール化されていないルールは、長年の伝統で醸成され、学校の文化としてしっかりと根を張り、生徒達を縛っている。色恋沙汰で言えば「学生の身分で恋愛は相応しくない」という不文律があるのだが。

まあもっとも片思いでとどまっているうちは何の問題もない。
「お嬢様。念の為に伺いますが、男性教師に対する恋愛ですか?」
「それは、違うの、違うんだよぉ」とても苦しそうに言葉を絞りだすお嬢様。

やっぱりか。どうしても女の子だけの空間で生活しているとそういうことに陥る生徒が多いと聞く。

「私が気になる子は、す・・・」
「す・・・?」
キャサリン「菫先輩」

そう、同性愛に走る生徒が多くなる。
・・・

基本的に、使用人はご主人様のプライベートを侵してはならない。しかし、ご主人様自らその悩みを打ち明けた場合、その悩みは好きも嫌いもなく共有しなければならない。ある意味便利屋のような存在だが、便利屋とは違い昨日今日の信頼で作られた関係ではないので、彼らには頼みにくいかなり踏み込んだ任務を任されることもある。

で、今回私に与えられた、その踏み込んだ任務というのが、想い人である菫さんの身辺調査であった。

凍てつくような冬の寒風を眠気覚ましがわりにして、若鹿のように軽い足取りで学園の校門をくぐり抜ける一人の女生徒がいた。身長は170センチくらい、髪はサラサラのショート。切れ長で涼やかな目をしている。健康美あふれる少女。校門をくぐり抜けるやいなや、早速、後輩らしき女生徒たちから挨拶を受けている。

「菫先輩!おはようございます」
「おはよう、ゆかり。風邪はもう大丈夫?」
「さっきまでだるかったですが、先輩の笑顔を見て完治しました!ですから、一緒に朝練しましょう?」
「だーめ。今日一日は無理しちゃだめだゾ。」

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うう、思わみずとれてしまったよ。 かっこいいしかわいいし つまりかっこ可愛い。学園近くの民家の前で菫さんを観察しなら沈思黙考する私。なるほど、あれがお嬢様の想い人か。容姿も気配りも、まるで王子様のような振る舞いだ。

戦闘部のエースにふさわしい。率直にそう思った。なんかこう、私でもそばに寄って甘えたくなる人だな。ちなみに、戦闘部というのは将来の軍のエリートを養成する機関だ。


「なるほどね。」母親の愛に飢えたお嬢様が菫先輩に懐くのは当然のような気がしてきた。
ぼやくと同時に、知らないおばさんがすごい目つきで私を睨んでることに気づく。

「ちょっと、あなたなんなんだい、一体?日の出前から人んちの門前にはりついて。」

「ご。ごめんなさい、用事はもう終わったので、すぐに出ていきますからっ」
とうとう、怒られてしまった。
(やれやれ)


・・・

「完璧だからだよ?」

その夜、菫さんに執心する理由をお嬢様に伺ってみたところ返ってきたセリフだ。

「菫先輩はすごいよ。容姿端麗は見ての通りだけど。成績学年トップだし、陸上400mで全国大会にも出てるんだからっ。その卓越した能力のおかげで陛下からの覚えもめでたくいずれは軍の幹部にのし上がるでしょうね。菫閣下の誕生だよ!!その上、能力が高いからといって驕り高ぶらないから人望もあるの。こんな完璧な人のお側にいられたらそれだけで幸せかなって思う」

「さいですか。」少し嘆息しながら答える。

菫さんは、スポーツ科学専門のグループと協力して陸上の能力を伸ばしているらしい。そこでは、決められたメニュー以上の努力はむしろ禁止されている。従って菫さんは、自分の専門以外のことにも活躍の幅を広げる余裕がある。『一専多能』を教育目標に掲げるお嬢様の学園は、生徒が専門バカになることは許さないのだ。

「で、どうなの?菫先輩についての調査結果は。情報の価値次第ではご褒美をあげるわ。さ、早く言いなさいよ。」
学園生活に忙しいお嬢様には菫さんについての情報を集める余裕がない。従って、私がお嬢様の代わりに情報収集することになっていたのだ。

「えっとですね。出身成分はB、つまり平民です。北国生まれで、好きな食べ物はラーメン、餃子。幼少の頃から武道をたしなみ・・・」うんうん頷きながら傾聴しているキャサリンお嬢様。

「・・・以上です。」報告を終え、ふと見上げると、苦悩がお嬢様の顔ににじみ出ている。

「ど、どうすれば、菫先輩と仲良くなれると思う?」
と問われても、私にだってさっぱり分からない。

「そうですね、ご存知のとおり、菫先輩のファンは多いです。また先輩は心身ともに厳しい生活をしています。恋人との時間を過ごす余裕はないでしょう。ですので、まずは菫先輩との距離を縮め、先輩が恋人欲しいな、と思った時に真っ先に候補に上がるようなポジションを狙ってはいかがでしょう?」

「うーん、となるとどうやって距離を詰めるかだよね」
恋に悩むお嬢様は可愛さ二割増し。うるるんお目目が悩ましい。

「報告ありがとうね。ご褒美を上げるほどではないけれど参考になったわ。」
さっと手を振って退出を命じるキャサリンお嬢様。

よかった。ほっとしたよ。怖くて報告できなかったけど、実は菫先輩には既に恋人のような人がいたのだ。その恋人の名は、一恋(ひとついれん)。

・・・

「ひっく、えぐ・・すごい・・・すごい、睨まれて、目で人が殺せるのならとっくに私死んでいました・・」

下校時間が過ぎて太陽が大地と接吻する時刻、とある廃ビルの一階で密会する菫と小動物的な魅力を持つ少女がいた。恋が菫に悩み事を訴えているようだ。これは、しっかり聞き取らねばならない。

「やんごとなき身分の方のご息女様のようで、名前は・・・きゃさぴん?胸ちっちゃくて金髪碧眼の女の子です。その子が、私に言ったんです。先輩の目の前でうろうろするなめざわりだどぶすしねよままにいいつけてたいがくにしてやるからかくごしろ・・・うんぬんかんぬん。完璧な菫先輩には完璧な身分を持つ私こそがふさわしいかくかくじかじか」

小さな体の恋はすっかり怯えてしまっている。 肩が震え膝が震え、大粒の真珠のような涙が地面を濡らす。いちいち同情を誘う姿である。

「大丈夫、大丈夫だよ? だから泣かないで?」
菫さんは、ひたむきに一恋さんの話を聞いている。

「えぐ、うぐ、ごめんなさい。菫先輩。先輩の負担になりたくないのに、泣くことしかできなくて。」
「大丈夫。私たちは親友だろう? 親友ならその悩みを聴き慰めるのは当たり前だ。」

実際、恋は保護欲をそそるタイプなのだ。いつも不安そうな目をしている。可愛い容姿なのだからもっと自信を持っていいはずなのだが。

「先輩・・・先輩って頑張りすぎていますよね」涙を拭いながら唐突に言う恋。
「えっ」軽く驚く菫。
「私は、先輩はどんな先輩でいいと思います。戦闘部のエースでなくっても、学年一位の成績でなくても。菫先輩は菫先輩のままでいれば、それだけで私は好きでいられます。」

そうか、そういうことか。私は恋が菫を好きな理由を、菫が完璧だからだと決め付けていた。お嬢様と同じ理由で好いているのだろうと思っていた。

でも違った。

恋は完璧ではない菫を見てその菫を好きだと言う。今まで菫を好きになる子は多くいたと思うが、その殆どはキャサリンお嬢様と同じく菫の完全性へのあこがれで好きになっていると思う。

しかし、人間誰しも欠点を持っている。完璧な人などいない。それなのに、完璧であることを要求すれば、その人を無視するに等しい。無視は人を深く傷つける。だから、次のように菫が言うのも自然なことだ。
「ありがとう、恋。一人でも私の悩みに共感してくれる人がいて嬉しいよ。」

廃ビルの窓から二人の様子を伺っていた私はその場を離れた。もう少し粘りたかったが、残念ながらお屋敷での雑事が溜まっている。

・・・


賑やかな大通りに出た私は思考を止められないでいた。どうしても、先ほどのやり取りで気になるところがあったからだ。

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お嬢様と一恋が接触してしまったかもしれない。それはいい。しかし、あの大人しくて控えめなお嬢様が死ねとかどぶすとか言うだろうか。私の一年分のお給金を賭けてもいい。絶対にお嬢様はあんなセリフを言わない。

何か変だな。

・・・
キャサリンお嬢様ご就寝前に行われるいつものお疲れ様会の時間。今日も今日とていちごの匂いのするお部屋。

「お嬢様、つかぬことをお伺いしますが、一恋という方をご存知ですか?」
ひとつい・・・? だあれ? 変わった名前ね。
小首をかしげるキャサリンお嬢様。ふわっと髪が揺れて洗いたての髪からリンスの匂いが拡散。私の鼻腔を妖しくくすぐる。

「いえ、ご存知ないのならよいのですが実はですね・・・」
だいぶ悩んだが、結局私の知っていることをありのまま話すことにした。やはりというべきか当然というべきかショックを受けたご様子だ。万一寝込んだら、責任をもって看病しよう。そうしよう。

「そっか先輩にはもうそんな人がいたのか」

手の甲に顎を乗せながら、ふうっと、大きなため息を放ちながら、お嬢様は、ニヤリとして微笑して言い放った。

「正直、そこまで先輩のことを理解している子がいたのはショックだけど、ま、障害があったほうが面白いよね。こういうのは。」
もう少しショックを引きずるかと思ったが、刹那のショックは即座に戦闘意欲に変換されてしまったようだ。
「はあ、お強いですね。お嬢様は。」
正直、あのふたりはもうふたりだけの世界を作っているので割り込むのは無理だと思うが。

「ああでもね、私は恋という子に会ったことはないしもちろんそんなこと言ってないよ。菫先輩に私の悪口を吹き込んだこの落とし前はきっちり払わせてあげるよ。」
「あのですねお嬢様。」
「うん?」
まだいたの?と言いたげな口調だったが、暴走しないように釘を刺しておかねば。
「一恋様のことはもう少し調べてみますので、それまでは目立ったことはなさらない方がよろしいかと。」
「う~ん。まあ、恋敵になりそうな人の情報は大いに越したことないか。」
唇に手を当てて考え込むお嬢様。
「でも私、待たされるのは嫌いだから。一週間以内に彼女についての調査をなさい。憂」
「・・・善処します」
やれやれ、疲れそうな一週間になりそうだ。超過勤務手当は出るのかしら。

・・・

それから数日後、一恋が入院した。

いつものミルクの時間。主従二人だけの夜の時間。いつもであれば愉快な話に花を咲かせるけど今日は違う。
「そりゃ、びっくりりしたよ」
きゃさりんお嬢様は、やや興奮気味に話し始める。

「友達から聞いた話だとね、体育のマラソンの授業中に倒れたんだって
一恋ちゃん体力のない子だからどうしてもペース遅くなっちゃうでしょう?だから倒れたときは一番後ろを走っていたから誰も気づかなかったんだって。」

「しかし、お嬢様。ゴールしていない子がいたら普通誰か気づくのではありませんか?」
と尋ねると、普段はまあるいお月様のように輝く瞳に雲がかかった。

「それがね、かわいそうな話だけど。一恋ちゃんクラスでも影の薄い子みたいなの。だからいないの気づいてもらえなかったんだって。」

「そんな、ひどい」
思わず聞き返してしまった。

「んでね。最終的には体育の先生の点呼でいないって分かって、先生が必死になって探して路上で倒れている一恋ちゃんを発見したそうよ」

「ううむ」
私もホームレス生活が長かったので、倒れていても誰にも気にされないことが、どれだけ心が傷つくかは身にしみてわかっている。無関心は人の心を確実に蝕む。だからどうしても彼女に同情してしまう。

一恋は大丈夫だろうか

・・・

その後、一恋についての噂は、日を追うごとに奇怪の度合いを強めていった。

一恋さんの教師が見舞いに行ったら、一恋の両親は面会を丁重に断り、親友が見舞いに行ったら、一恋さんの両親はお見舞いの品と励ましの手紙こそ受け取ったもののやはり面会は断ったそうだ。さらに奇怪なのは、一恋さんの親友である菫がさんお見舞いに行ったところ、激しく罵倒し追い返したという。

「どういうことだろう」
一恋さんについての最近の調査結果を報告して、お嬢様に問われた。いや、あの、私のお仕事は情報を集めることで情報を分析することではないのだが。

今日は格別に寒く、そのため部屋を暖かくしすぎた。ホットパンツ姿のお嬢様は白い陶器のような太ももを顕にしている。触ったらきっとつきたてのお餅のような感触に違いない。
いつか私の手で餅つきしてみ・・・
「憂~~~~~~~ 聴いてる??」
若干苛立ちながら地団駄踏むキャサリンお嬢様。

「あ、はい。なぜご両親は面会を許さないのでしょうか。
特に、どうして一番力になれるはずの菫さんを拒絶するのでしょうか。私、気になります。」

焦って機械的に答えてしまう。
あらぬ妄想をしながらもご主人さまの話のポイントは的確に把握する。プロとはそういうものだ。これを並列処理という。

ああ、そうだ。妄想に夢中になって忘れてたけどもう一つ情報があったんだ。

「あと、お嬢様。大事な報告があります。一(ひとつい)は男爵の家系です」
「ひとつい男爵家・・・?たしかあの家は、呪術系の魔法のお家ね。」
「呪術系・・・加持祈祷で病気を治したり天候を操った利するお家ですね。」
「うん、テクノロジーが発達した今の時代じゃ、そんな魔法は魔法にもならないよ。」

衛生環境が悪く、食べ物もろくにない時代、人々はよく疫病に悩まされたと聞く。医学も発達していない時代では加持祈祷に頼るしかなかったわけだが、今はそんな時代ではない。

・・・
一週間後
先日のコーラのおじさんが一人でやってきた。今回はその身分を打ち明け一(ひとつい)男爵家の当主であることを認めた。

そして苦悩に満ちた表情で、キャサリンお嬢様に娘の恋の状態を語った。

「娘は、無理をしすぎた。娘の大好きな菫に尽くしたいと思うあまり菫の心を読む魔法を無意識のうちに使っていたらしい」

はっと吐息を飲むキャサリンお嬢様。
「心を読むのは菫ちゃんの魔法ではないですよね?危険すぎます!門外漢が心読みのような強力な魔法を無意識に使用し続ければエネルギーる不断に流出するじゃないですか?」
一恋の体は間違いなくボロボロだ。

「んなこたあ、わかっている!」
声を荒げる紳士。 年端のいかない少女に当たり前の説教をされるのは不愉快だったらしい。
だが、娘の病状は深刻の度合いを増しているらしくすぐに気を取り直す。

「頼む!娘の回復に力をかしてほしい!」
すがりつく紳士。

「と言われましても・・・」
困惑するキャサリンお嬢様。同じご学友の恋を心底助けたいと思っているのは間違いない。間違いないがその手段がわからないのだろう。もちろん、恋敵?を助けたくないという気持ちは、流石にこの状況では生じていないはずだ。生じていませんよね?お嬢様。

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「ちょっと待ってください。第一、加持祈祷による治療は、男爵様のお家芸ですよね?」
「確かにそうだが・・・」
苦悶の表情を浮かべる男爵様。
「加持祈祷など、あてにならん。」
先祖代々伝わるお家芸を否定するのは、筆舌に尽くしがたいほど悔しいだろう。だが、今は虚栄心にこだわる時ではない。

「でも、私に出来ることがあるとは思えません。」
「それなら大丈夫だ。あなたにとっては非常に容易な方法で娘は助かる」

バカとハサミは使いよう、という格言があるが魔法も似たようなものである。たとえ直接役に立つ魔法を使うことができなくとも、目的を達成できるように常に思考を鍛錬することは重要だ。そう言う意味で、この紳士は男爵でありながら一日の長があった。

だが、話を聞いたお嬢様の顔に緊張の色が走った。
「それは、そのアプローチは、」
思わずうつむいてしまうキャサリンお嬢様。

それは一恋を救う簡単確実な方法。でも私が一恋ならばその魔法の使用は拒否したであろう。

一恋の時間を体の衰弱が発生する前に戻す。それが男爵様の出した答えだ。
「そもそも、あの女、菫といったか。彼女に心を奪われたのが一恋が衰弱した原因なんだ。だったら、菫と出会う前の状態に一恋の時間を巻き戻せば良い。」
お出しした水出し玉露に口をつける男爵様。商業系貴族としてキャリアを積んでいる紳士も流石に緊張しているようだ。

一方キャサリンお嬢様の方は深く考え込んでいる。やや不安が高くなっているご様子。私はお嬢さまの集中力を高めるために、お気に入りのいちごのアロマを焚いた。今回は紳士は嫌な顔をしなかった。

「確かに、その程度の魔法ならば、私にかかる負荷は小さいです。しかも効果は確実。」

「だろう?500年前のコーラの時間を巻戻して平然としておられるあなた様なら造作もないことだ。な?頼む? 引き受けて欲しい。もちろん報酬は言い値で払おう」

本当は、急性の低血糖症状に陥って大変だったんだこのやろう。とはもちろん言わないが。一恋が菫と出会う前の状態に一恋の体を戻すのはお嬢様にとってお散歩程度の負荷であろう。しかし、それは一恋の大事な人間関係を潰すことになる。

「でも、それでは記憶が、一恋ちゃんと菫先輩との記憶まで消えてしまいます。ちょっと、気の毒です」
お嬢様もお気づきのようだ。

「確かにっ。それは認めよう。可哀想かもしれん。だが娘の命には変えられん。だからその責めは私が負う。娘の命が助かるのなら、娘に憎まれても構わん。あなたは何も気にしないでよい。なんだったらあなたは私に強要されて仕方なく魔法を使ったことにしても良い。なあ、頼む!事態は一刻を争うのだ。協力してくれ!」

感極まったのか、激情に駆られたのか、紳士は涙をハラハラと流して訴えている。大の男性の本気の剣幕に当てられたキャサリンお嬢様はすっかり萎縮してしまっている。だから次のように答えても一見不思議ではない。

「分かりました・・・一恋ちゃんのところに連れていてください。その、えと、善処します」

不思議ではないが、娘を助けたい紳士と恋敵の恋を潰したい女の子の利害が一致した瞬間、と解釈しては酷だろうか?

・・・
同日夜、男爵様に同行し自宅療養中の恋の自宅に向かう。彼女の家は、近代的な20階建てのマンションにある。そのうちの19階と20階のすべてのフロアが彼女の自宅にだ。

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キャサリン邸のように大きなお屋敷に大きなお庭のついた自宅も豪快だが、このような家もまた別の意味で見学者を圧倒させる。

さすが各種免税特権に守られた貴族。金持ちだ。
などと考えているうちに19階までエレベータで上がってしまった。

「恋は20階にある自室で休んでいる。これから娘の説得に同行していただく。首尾よく説得が奏功すればよし。万一、失敗したら一旦退くふりをして娘が就寝するまで19階にて待機。娘の就寝時刻になったら娘の部屋の隣の書斎に来ていただき、多少遠隔魔法になってしまうが、娘の時間を巻戻して欲しい。」

男爵様はミッションの説明を簡単に終えた。別段、難しい話ではない。

とはいえ、寝込みを襲うような手法はなるべく採用したくないのでできれば最初の説得を成功させるよう最善を尽くすことも確認された。

というわけで、男爵様、キャサリンお嬢様、私の三人で恋の自室の前まで来た。
トントン、ノックをする紳士。

「恋?入るよ」
優しい声色だ。セリフは短いがどっしりとして余裕がある。娘に対する愛情がビシビシ伝わってくる。私もいつか大事な人にあのような声色が出せる日が来るのだろうか。

「どうぞお入りになって」
か細い声が私たちを出迎えてくれた入室さえも拒まれる事態も想定していたのでひとまず安心。だが、彼女は病人特有の衰弱した声をしている。

部屋に入ると、それは海であった。
まず正面に飾られているたくさんの珍しい魚が海を回遊している綺麗な絵が目を引く。恋の自作のようで写実的な絵ではないが、生き生きとした力強い絵だと思う。部屋の中央には大きな水槽が置かれ、海藻や大きな石の間を様々な色の熱帯魚が自由に泳ぎ回っている正面から左手側には勉強机に本棚。机の上は、イルカや鯨アザラシなど海の生物をモチーフにしたフィギュアが所狭しとひしめき合い、本棚には、海域から見た世界史、海域ネットワーク論などの社会科学系の本の他、熱帯魚や海をテーマにした写真集がたくさんある。

とにかく、恋の部屋は海への飽くなき憧れが詰まっているようだ。

肝心の彼女自身はもちろん寝ている。小さいベットだが、それでも一恋には大きい。彼女が呼吸をするたびに布団が上下している。かなり難儀をしているようだ。ちなみに病身を包むお布団も海を象徴する青である。

「一恋。今日はお前の病気を治すために大事なお客様に来ていただいたんだよ?」
「だあれ?お父様、また教会の方がご祈祷して下さるの?」
「ううん、教会の祈祷もいいが、もっと確実に病気を快癒してくださる方だ。紹介しよう。こちらは、キャサリンちゃん。お前と同じ学校の・・・」

キャサリン・・・という名を聞くやいなや、ガバっと跳ね起き、目を満月のように丸くさせる恋。荒い呼吸がさらに荒くなり、恐怖とも嫌悪とも名状し難い表情をその可憐な顔に刻みつけている。

「出ってって!お父様、私この子と一緒に居たくない!」
面と向かって拒絶されたキャサリン様はバツの悪そうなお顔をしている。

二人の間に何かあったのだろうか?

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親の敵を見るような目でお嬢様を睨みつける一恋。おっとりして優しい印象しか持っていない子がそのような厳しい表情をすると常人には出せない凄みが発揮される。しっぽを踏まれてガルガル唸る子犬のようだ

一方、キャサリンお嬢様の方は気まずそうにうつむいたままだ。

「その、あのね。恋ちゃん。私はあなたを助けたいだけで何もひどいことする気はないから安心し」
「聞きたくないっ!」
かっと見開いた目で拒絶する一恋。衰弱したかすれた声だったけど目が血走っていて怖い。
「一恋ちゃんが何を怒っているのか分からないよ」
お嬢様、頑張って応対している。声、震えてるけど。本当にどうして彼女が自分に怒っているのかまるで理解していないような態度である。

それっきり、しーんと沈黙の時間が続いた。10分くらい続いたような気がするが実際は2分程度かもしれない。気まずい。と思った矢先、先に口を開いたのはお嬢様。一応、何のためにここに来たのか自覚はしているようだ。

「えっとね。恋ちゃん。事実関係だけ確認したいのだけどいいかな?」
「・・・」
一恋は布団の中に潜ってしまった。
「恋ちゃんは、菫先輩のことが好きで、すみれ先輩に尽くしたいと思った。だから、すみれ先輩の心を読む魔法を無意識のうちに使い続けた。その結果、無理がたたって体を壊しちゃったんだよね?」
一恋は布団の中で団子虫みたいに丸くなっている。

「だから、私。あなたの体を治したいの。恋ちゃんが先輩と出会う前の状態に戻せば解決だよね?もちろん、すみれ先輩との思い出も消えちゃうけど、すみれ先輩なら話せばわかってくれると思うし。それに、恋ちゃんは日記を付けているとお父様からうかがったので、記憶をなくしても日記とか写真とかをみれば先輩との関係に大きな支障はないと思うの。だから・・・」

「いいかげん、しらじらしいよ。偽善者!あなたじゃない!あんな暴言を私の頭の中に押し込み続けたのはっ!」
吐き捨てるように叫ぶ恋。無理に大きな声を出したせいで激しく咳き込んでいる。

「ぼ、暴言?な、なにを言っているのか私にはよく・・・」
唐突で明確な敵意を向けられたせいかお嬢様の弁解に歯切れがない。呼吸が不自然に早くなり、目が泳いで不安を隠しきれないでいる。

「死ねとかどぶすとか絶対に退学にさせてやるとか。あなたの負の感情を暴言と一緒に私の脳内に送り続けていたんじゃない!」
「えっと、私もすみれ先輩のこと好きだったから、嫉妬心でそんなことを思ってしまったかもしれないけど、でも、そもそも私の心の中で思ったことをのぞき見する権利なんて誰にもないよ?」

一見、正論である。心の中で何を思おうが、どんな邪悪なことを考えようが、それだけでは非難に値しない。むしろ、勝手に人の心を魔法でのぞき見する方が非難に値するであろう。でもこの弁解には弱点がある。

「違う!私はあなたと面識なんてなかったっ。私の方からあなたを気にする理由なんてない。それなのに気がついたらあなたの呪詛の言葉が、あなたの憎しみの感情が、私の頭にしっかりと根付いていたんだよ。」

一恋ちゃんの方から心読みしたのではなくお嬢様の方から憎悪の念を強制インストールしたということになり歩が悪い。

「あなたこそ、無意識に魔法を使って私を呪詛し続けていたんじゃないっ」
布団を跳ね除け、びしっと人差し指をお嬢様に向け糾弾する一恋。

繰り返しになるが、姫宮家の魔法は全て「転移」が土台になっている。時間であれ、空間であれ、情念であれ。

お嬢様は、自分の憎しみを一恋の精神に転移させたのだろう。蛇足だが、古代的な文脈で言えばこれは呪いに読み替えられる。

「一恋ちゃんごめんなさいそれについては弁解しない。謝るよ。」
きゃさりんお嬢様は一恋の目を見ながら申し訳なさそうに素直に謝った。
「でもね、一恋ちゃん。罪滅ぼしなんて言い訳はしないけどあなたを助けたい気持ちも本当にあるの」
「・・・」
「このままでは、一恋ちゃん助からないよ? 菫先輩にも悲しい思いをさせちゃうよ」
「そ・・・それは、でも、私あなたのこと」

冷静になって考えれば、お嬢様の提案を受けない理由はないはずだ。だが、相手は自分を呪詛し続けた人間だ。信用しろ、というのは虫が良すぎる。

「お願い。私も一恋ちゃんに酷いことしたって思ってるの。だから、だから、少しだけ罪滅ぼしをする機会を欲しいです。」
お嬢様は、収まることのない一恋の反感に気圧されているせいか、あくまでも下手な態度に終始する。

「ごめんなさい。キャサリンさんのご好意はとても嬉しいです。でも、私にとって先輩との思い出はとても大切なものなの。簡単には失いたくない。それに、私の記憶がなくなれば、先輩びっくりすると思うの。私だけの問題じゃないから、先輩とも相談したいです。」
氷のように冷たい目でたんたんと言葉を紡ぐ一恋。

「それは、その、でも」
「ごめんなさい。今日はとても疲れました。休ませてください。ろくにおもてなしもしないで失礼なことばかり言ってごめんなさい」

やはり、一恋さんの不信感を拭うにはたった一回の交渉では無理があった。
お嬢様は、ドア付近でたっていた男爵様のほうをちらっと見てから、何かを確認する素振りを見せる。
「わかったよ。恋ちゃん。 今日のところはこれで帰るね。でも、私、一恋ちゃんに信じてもらえるまで頑張るから。」

かくして、一回目の交渉は失敗に終わった。

20階から19階に降りた私たちは、最初に案内された部屋に戻った。
善後策を協議するためだ。

「一恋ちゃんは、先輩との思い出をなくしたくないと言っていましたがどう思います?男爵様」
「菫との記憶を少しでも残すなど、父親としては論外と言わざるを得ないな。また菫のために無理をして体を悪くするだけだ。」
「ですが、人は学ぶ生き物です。絶対に同じ道をたどると決め付けるのはどうかと思いますが」
「一理あるが、娘の命にかかわる問題である以上、希望的観測に基づいた妥協はできないな。」

父親の気持ちもわかるけれども、もう少し娘のことも考えて欲しいな、と個人的には思う。きっとキャサリンお嬢様も同じだろう。
「分かりました。ではすみれ先輩と出会う以前の状態まで戻しましょう」
ってええええええええええええええええええええええええええええええ!?
なにそれ!?お嬢様!? あっさり引き下がりすぎじゃないですか!? 
一恋さんの気持ちを完膚なきまでに否定する発言ですよ!?

私の驚愕とは関係なく、二人の話し合いは続いていく。
「次に、男爵様。一恋ちゃんは、菫先輩と相談してから自分の記憶をどうするか決めたいと言っていましたが、これについてはどうお思いますか?」
「論外だな。時間が経てば経つほど娘の体調は悪化する。まして、菫と会えば、またいらん心読みを無意識に使ってしまうかもしれん。」
「ですが、男爵様。これは菫先輩にも関わる問題ですので、一度きっちり二人で話し合いをさせるべきではないでしょうか?」

至極最もな意見である。ある日、自分の親友が自分のことを一切忘れるなんてショックが大きすぎる。でも、二人で熟議した上で、記憶を失うならばショックはだいぶ緩和されるだろう。

「だめだ。恋にはこの際、菫との一切の癒着を断ち切ってもらう」
娘の身を案じるあまりの発言だとは思うが、これはひどい。きっとお嬢様も抵抗なさるに違いない。

「そうですか。残念です」
って、それだけええええええええ!? 一恋の部屋でのあの緊迫した言葉の応酬はなんだったんですか。お嬢様。確か一恋に信じてもらえるまで頑張ると言いましたよね?あれって私の幻聴でしたか?

「では、当初の計画通り、夜の一時に処置を終わらせます。」
「ああ、さくっと頼む。」

あまりにも事務的で淡々とした二人のやり取りにショックを受ける私。キャサリンお嬢様と一恋さんが火花をぶつけ合った数分前とはまるで違う空気がその部屋にはあった。流石に私も何か言わずにはいられない。

「差し出がましいようですが、それでは、一恋様の心を踏みにじることになりませんか?」
「控えなさい! 憂。ことは人の命に関わることよ。」」
手厳しい叱咤。いつもの馴れ合いとは違う厳然とした主従関係の空気が生まれた。確かに、命を盾に取られては何も言えないけど。
「そうだ。体あってこその心だ。体さえ無事ならば心は再生できる。だが体が壊れては心も壊れる。それでは意味がない。」
追い討ちをかけるような男爵様のお言葉。それから、いくつかの確認が二人の間でなされたが、私はもう二人のことに関心を失っていた。

そして、深夜一時。
「Let there be light (光あれ)」お嬢様の詠唱が20階の廊下に微かに響く。刹那、ぽっと青白い鬼火のようなものが眼前に現れ私たち3人の周囲を照らす。ロウソクの光を転移させてちょっとした懐中電灯代わりにしているのだ。じゃあ最初から懐中電灯を使えばいいじゃないかということになるが、それでは目立ちすぎるので一恋に気取られてしまうかもしれない。ミスは許されないので用心にこしたことはない。
「いや、申し訳ない。0時過ぎたら20階は全て消灯になるのでな。」
「いえいえ、このくらいの魔法なら全然へっちゃらですよ。」
どーんと、平板なまな板のような胸を叩くお嬢様。痛くないのだろうか。ともかく慎重な足取りで忍び足で一恋の隣の部屋を目指す私たち。万一、気づかれたら言い訳のしようがないから、物音一つ立てることもできない。と思ったら、

光、音、そして気配。消せるものは全て消しながら目的の部屋に入室。だが、罪までは消せないのではないだろうか。罪と知りながらそれを黙認する私はなんと罪深い存在なのだろう。

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まあ、お嬢様のことだから罪さえも「転移」できるのかもしれないが。



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もともとは上記ブログで紹介させていただいていたのですが、最新記事から降順では読みづらいため、こちらに読みやすくまとめてみました。

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